アルプス 本郷 東京

もう一度しみじみ十円札を眺めた。ちょうど昨日踏破したアルプスを見返えるナポレオンのように。

の上に仰向けになった。するとたちまち思い出したのは本郷のある雑誌社である。この雑誌社は一月ばかり前に寄稿を依頼する

（例）東京行

女人の顔も、――とにかく一週に一度ずつは必ず東京へ行かなければならぬ。こう云う生活欲に駆られていた彼は

出すつもりだった。けれども六十何銭かの前には東京行それ自身さえあきらめなければならぬ。

なければならぬ。が、彼の楽しみにしていた東京へ出かける日曜日はもうあしたに迫っている。彼はあしたは長谷や大友と

「あしたはもう日曜ですね。この頃もやっぱり日曜にゃ必ず東京へお出かけですか？」

「実は東京へ行きたいんですが六十何銭しかない始末なんです。」

はふだんでも愉快に読めるものではない。殊に今日は東京へ行きたさに業を煮やしている時である。彼は英語の海

「これはほんの少しですが、東京行の汽車賃に使って下さい。」

東京へ行けばどうかなりますし、――第一もう東京へは行かないことにしているんですから。……」

――小遣いはないのに違いないんですが、――東京へ行けばどうかなりますし、――第一もう東京へは行かない

見込みも全然絶え、父母兄弟とも喧嘩をした今、たとえ東京へ出かけたにもせよ、金の出来ないことは明らかである。すると

急行車である。多少の前借を得るためにはこのまま東京まで乗り越せば好い。五十円の、――少くとも三十円の金さえあれ

に恥ずる振舞ではない。これは二時三十分には東京へはいる急行車である。多少の前借を得るためにはこのまま東京まで