大菩薩峠 31 勿来の巻 / 中里介山

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地名一覧

西教寺

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のいかに悠大にして自然なるかを見て見給え、西教寺の柿と柚の二大君子の面影に接して、襟を正さないものが

上野原

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甲州の上野原でも、こんなように無邪気になっているところを、不意にがんりきの

「あのね、そら、いつぞや、上野原へ、若衆のおさむらいさんが来たでしょう。お雪ちゃんが井戸で水を

たが、目がさめてみると、なんとはなしに上野原の自分の家へ帰ったような気がしてなりません。

したもののあるのはあたりまえで、特にお雪ちゃんが、上野原の自分の家によく似ている住居と感じたのは、旅に出て

塩原

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それを西北に廻れば、当然、那須、塩原、二荒の山々でなければならぬ。そうして、やがて上州の山河……

石巻

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つは駿河の国の清水港で、一つは陸前の石巻の港だが、清水港はよいところだが、今のところ、目に立ち

、目に立ち易い心配がある、その点では陸前の石巻がよかろうと思う。そこで、昨晩いろいろ考えて、それにきめてしまったよう

しかし、それは石巻へ着いてからの研究でも間に合う。それと、もう一つは、結局の

伊豆

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自由が利く奴ではいけず、そうかといって、伊豆の下田の唐人お吉なんていう潮風の染み過ぎたのでもいけず、お膝元

浅間

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「松本の浅間のお湯ってのがあるでしょう、あそこよ。だが待って下さい、うっかり行こう

智積院

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ているのは面白いじゃないか。京都へおいでたら、智積院、大安寺、その他の永徳を見て、天球院の山楽を見ること

鹿島

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給え、この写生帖というものを見るがよい、香取、鹿島から、霞ヶ浦から、鹿島洋からこっちの風景をこの通り写して来ている、

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松の立木と、萩の下もえとを間にして、その間約半丁――

八幡

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「それも知らないのか。三日町から八幡の方へ行くのはどうだ」

本所

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、甲府城下の夜の時したように、その後は、本所の弥勒寺長屋にいた時分の夜な夜なのように、面を頭巾に包んでい

吾妻山

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「左様左様、出羽の米沢の吾妻山の下で生れたのだ」

出羽の米沢だけなら無事だったが、吾妻山と言ったので因縁がついたらしい。

の米沢――謙信公の上杉家は知っているが、吾妻山なんて山は知らない」

「米沢の吾妻山なんて名乗っても、米沢だけの天地では通るかも知れんが、他国の人

の、その家中の、何のなにがしと、お名乗りなさい、吾妻山なんていう山は名山図会の中には無い」

数千尺――山は高くないが名が高い。米沢の吾妻山なんて、山も高くない、名も高くない……いったい、その吾妻山なるものの高

「左様さ、吾妻山の高さは、高くて五尺五寸というところだろう」

「吾妻山の高さは五尺五寸だ」

窓は六尺だ、その六尺の窓から見ると、吾妻山の全体が見えて、まだ四五寸余る、それによって測量すると、あの山

松島

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陸前の松島の観瀾亭に、伊達正宗が太閤から貰って、もたらして来た永徳の

松島には狩野永徳が待っている――扶桑第一とうたわれた、その松島

が待っている――扶桑第一とうたわれた、その松島の風景的地位というものも見定めておきたいし、黄金花さくという陸奥

、白雲が、前途の目的を話して、自分は仙台の松島へ行くのだ、松島へ行くのは、あながち風景を見んがためでは

目的を話して、自分は仙台の松島へ行くのだ、松島へ行くのは、あながち風景を見んがためではない、「永徳」を

ためではない、「永徳」を見んがために、松島へ行く気になったのだ――ただ一人の「永徳」にあこがれて、

永徳」にあこがれて、矢も楯もたまらぬ思いで、松島まで単騎独行するのだという意気を見せたが、一座があまりその興に

ませんよ――拙者が、これから行って見ようとする松島の観瀾亭というのは、伊達政宗が、桃山城のうちの一廓を、

小名浜

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勿来の関を見てから、小名浜で泊るつもりで、平潟の町を出て、九面から僅かの登りをのぼっ

「なに、お前様、小名浜の網旦那んとこんござらっしゃるのかね――みんな、御粗末にするなよ、

「今日はひとつ小名浜というところまで行って、そこで、小谷半十郎というのへ、紹介さ

「え、小名浜の網旦那んとこですか」

ねえようにしなよ。直しゅうに次郎公、おめえ、小名浜まで、このお絵かき様をお送り申しな」

、その夜は関北の村に一泊し、翌日は小名浜の小谷家まで無事に送り届けられて、そこで、鹿島洋で、測量のさむらいが

甲賀

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この男が、本式に、伊賀や甲賀の流れを汲んでいるということは聞かないが、野郎、やっぱり、その道

江戸

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がんりきの百蔵なるならず者につかまって、いやおうなしに江戸へ拉し去られてしまったではないか。幸い、江戸に於て田山白雲

江戸へ拉し去られてしまったではないか。幸い、江戸に於て田山白雲を見出して、その背に負われて、この房州へ連れ

「ソノ方事、江戸ヲ追放サレテ、当地ニ来タル仔細ハ、毛唐ニ渡リヲツケテ謀叛ノ志アルコト分明

「わしが、ここへ籠ったのは、江戸からも遠からず、周囲も静かで、何かと便宜があるからここを選ん

江戸が天下の政治の中心地となってしまい、常陸にはその宗藩が置かれ

「お前は、江戸へ帰りたいと言っていたはずだ」

とおっしゃるか存じませんが、あの二人のお方が、江戸へ連れて行ってやるとおっしゃったのに騙されて、この高山へ来て

の見るものに供するのだから、ただでさえ、物見高い江戸の、しかも、日本橋の辻に官設してあるのだから、見まいとして

泰平があり、そのおかげで日本国の――少なくともこの江戸の繁昌があり、我々旗本の安泰と、驕慢とが許されたのだ、

様のうちには、御存じのお方もございましょうが、江戸の外れの染井の伝中というところの、ある屋敷の中で、神尾主膳

大野ヶ原

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「皆さま、わたくしがああして、大野ヶ原の雪に迷うて、立ち尽していたことまでは、皆様も御存じのこと

が遠くなってしまいました。つまり、わたくしは、雪の大野ヶ原に行倒れになってしまいましたのです。それが、幾時かの後に

いうことをすら、お信じにならないかと存じます。大野ヶ原の雪にうずもれた、わたくしというものを、偶然の縁で、再びこの世の中

ございます。その品右衛門爺さんが、鉄砲を担いで、大野ヶ原を通りかかった時分に、雪の中に埋もれておりましたわたくしのからだの一部分

お雪ちゃんがいないということは――それは、大野ヶ原へ来る前から、ふっと勘でわかりました、お雪ちゃんがいない以上は

、知らず識らずこの山の中に分け入りまして、ついに大野ヶ原の雪に立迷うてしまったという次第でございます。それは、向う見ず

下関

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戦争をした。長州でも負けない気になって、下関で毛唐と戦をした。これらの大名連は、毛唐と戦をする

筑波

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の富士、低いけれども名に於て、このもかのもの筑波がある。高さにして富士は一万五千尺、山も高いが、名も

尺、山も高いが、名も高いことこの上なし。筑波は僅かに数千尺――山は高くないが名が高い。米沢の吾妻山なんて

大菩薩峠

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行き行きて、その翌日、大菩薩峠の麓まで来ました。

槍ヶ岳

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みることができるようになったもので、白馬ヶ岳や、槍ヶ岳や、加賀の白山や、越中の立山が、みんな実物以外の想像となって

薩摩

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相州の生麦というところで、薩摩の侍が毛唐を斬って、それから、薩州様と毛唐とが戦争をし

が一方の勢力で、他の一方の勢力の中心は、薩摩と、長州である。ことに薩摩がいけない。長州は国を賭して反幕

の勢力の中心は、薩摩と、長州である。ことに薩摩がいけない。長州は国を賭して反幕の主動者となっているが、

て反幕の主動者となっているが、そこへ行くと薩摩は、国が遠いだけに、長州よりも隠身の術が利く。長州は幾度

の術が利く。長州は幾度か国を危うくしたが、薩摩はそんな危急に瀕したことは一度もなく、そうして威圧のきくことは

ひとりこの雲井なにがしは悍然明白に、薩摩倒さざるべからずと主張する。そうして、ただ一人でもそれを実行する

大覚寺

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ように巧く描けているという意味じゃありませんぜ。大覚寺の松は舞っている、大安寺の藤は遊んでいる、永納の証ある

香取

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それ見給え、この写生帖というものを見るがよい、香取、鹿島から、霞ヶ浦から、鹿島洋からこっちの風景をこの通り写して来て

大安寺

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じゃありませんぜ。大覚寺の松は舞っている、大安寺の藤は遊んでいる、永納の証ある『鷹』は見ましたけれど、

は面白いじゃないか。京都へおいでたら、智積院、大安寺、その他の永徳を見て、天球院の山楽を見ることを忘れて

名古屋

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横眼に睨みながらいやみたっぷりを聞かせていたが――名古屋からここにのしたと見れば、この野郎の足としては、さまで

甲州

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甲州の上野原でも、こんなように無邪気になっているところを、不意にがんり

甲州の月見寺で、むらむらと彼を斬りたくなり、その身代りに卒塔婆を斬った

甲州までは大へんな道のり、白骨はほんの十里内外――久助さんに、面

立山

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、白馬ヶ岳や、槍ヶ岳や、加賀の白山や、越中の立山が、みんな実物以外の想像となって、竜之助の眼底にありありとうつってくる

伊賀

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この男が、本式に、伊賀や甲賀の流れを汲んでいるということは聞かないが、野郎、やっぱり、

恵林寺

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から上へ登って、大菩薩を越えて、塩山へ行くと恵林寺というので慢心和尚さんが、わしを待ってて下さる、あそこで何か

加賀

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、いったいこの宮川という川は、越中へ行くのか、加賀へ向うのか、結局、どこへ落ちるのだ」

「加賀の白山、白川道は知ってるだろう」

ああ、加賀の白山!

から甲州路を西行をして、信濃から美濃、飛騨、加賀の国なんというところには、山々や谷々に霊場がうんとござるという話だから

酒井

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の薩摩邸まで参れ、それが面倒ならば、手近いところの酒井の巡邏隊に訴えて出ろ、逃げも隠れも致さぬ。我々は当時、芝

乗鞍岳

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に食べさせて下さいました。あとで承ると、ここは乗鞍岳の麓で、鐙小屋という小屋の中でございました。わたくしに温かい心

安土

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信長のためにむしろ傾注していたに相違ないが、安土の城が焼けると信長の覇業が亡び、同時に永徳の傾注したものも

東照宮

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かくて、知らず識らず東照宮の鳥居をくぐってしまった時に気がつくと、かぶっていた頭巾に

いう心が有っても無くても、ははあ、ここは「東照宮」であったな、と感じないわけにはゆかなかったのでしょう。

こう思って、頭巾を外しながら東照宮の神前まで、神尾主膳が進んで行きました。

のを聞いた神尾主膳が、ブルブルと身体を慄わして、東照宮の神前に立ち、そうして我知らず刀の柄を握りしめていることを

下田

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利く奴ではいけず、そうかといって、伊豆の下田の唐人お吉なんていう潮風の染み過ぎたのでもいけず、お膝元の固い

関東

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「関東では、山として高い方では日本一の富士、低いけれども名に

である秀吉に死なれて、その豪華一朝に崩れて、関東に傾くの壮大なる悲劇を、まざまざと見せられた山楽、家康がしばしば招いた

して、自分は永徳と信じたい――と語った。関東には永徳なんぞは無いものと信じていた拙者が、偶然、東北の一隅

根岸

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根岸に閑居の神尾主膳とお絹は、閑居は相変らず閑居に違いないけれど、

千隆寺の坊主というのは、根岸の自分たちのつい近所にいて、立川流とかなんとかいって、

神尾主膳は、その日、根岸へ帰るとて、山下まで来ると、上野の山内を歩いてみる気になって

両国

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「はい――もとは両国にもおりましたが、近頃は田舎廻りをしておりました」

力をやっていたのだろう。どこでやったい、神明かい、両国かい」

か、たしかにお前が、女角力の関で鳴らしているのを、両国で見たよ」

「そうら見ろ、隠したって駄目だ、お前は両国で、後白浪といって、関相撲を取っていたあれだろう、しらぱっくれても、

「それはお人違いでしょう、両国にもいるにはいましたけれど、角力なんぞ取りゃ致しません」

「それじゃ、両国にいたろう、そうして女角力をとったろう、どうだ、その時のことを話して

仙台

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やがて、白雲が、前途の目的を話して、自分は仙台の松島へ行くのだ、松島へ行くのは、あながち風景を見んが

京都

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、そうして会得させるよりほかはないが、たとえば、京都の知積院の草花の屏風を見て見給え、あの萱の幹と

に、精力を傾注しているのは面白いじゃないか。京都へおいでたら、智積院、大安寺、その他の永徳を見て、

見て帰った晩年の山楽が、池田新太郎少将のこしらえた京都妙心寺の塔頭天球院のために、精力を傾注しているのは面白い

佐久間象山が、京都の三条通木屋町で、肥後の川上彦斎ともう一人の刺客に襲われ

わけではないが、深夜、街頭を歩くことには、京都以来、いろいろの興味を持っている。何かと得るところも甚だ多いの

ないが、その情趣の髣髴は無いではない。それに京都は天地こそ、やはり平安の気分はあるが、時に凄まじい渦に巻かれ

を東山一帯に見做すことも決して無理ではない。無論、京都の規模には及ばないが、その情趣の髣髴は無いではない。それ

甲府

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立ち上った時には、竜之助は、昔、甲府城下の夜の時したように、その後は、本所の弥勒寺長屋にい

ために、ふらふらと歩き出したのだが、ここは果して甲府の城下ではない、また大江戸の市中ではない、城気の疾う

て、高山の町の方へ出て行く物腰は、曾て甲府の躑躅ヶ崎の古屋敷を出た時の姿と少しも変りません。

甲府よりはいっそう山奥だとはいえ、一方より言えば、甲府よりはいっそう上方の都近いのです――来り遊ぶ人が、誰も飛騨

飛騨の高山は、甲斐の甲府よりはいっそう山奥だとはいえ、一方より言えば、甲府よりはいっそう上方

その時分には、神尾主膳も甲府にいた。主膳としても、あの女軽業を見物に行った覚え

富山

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「知らない、では古川を経て、越中の富山へ出る道はドレだ」

あのお嬢さんなあ、それからトーロク屋の女房、それとまた富山から貰うて来たという養女名儀のお武家の娘――品の

原宿

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「うん、材木がウンと積んであるがのう、みんなこりゃ下原宿の嘉助が手で入れたのだのう。嘉助め、うまくやってるのう」

「うん、なるほど、近ごろ下原宿の嘉助ほどの当り者はまずねえのう、うまくやりおるのう」

「わしゃあね、下原宿の嘉助という者の実は……甥なんだがね」

も仕合せだった。爺さん、済まねえがひとつその下原宿の嘉助のところまで、わっしを案内しておくんなさらねえか」

日本橋

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うむ、ははあ、いつのまに、日本橋まで来ていたのか。

ここは日本橋だ、しかも日本橋の東の空地だ、なるほど、曝し場に違いない。小屋があって、筵

ここは日本橋だ、しかも日本橋の東の空地だ、なるほど、曝し場に違いない。小屋が

のだから、ただでさえ、物見高い江戸の、しかも、日本橋の辻に官設してあるのだから、見まいとしても、それを

「金公、おれは今日、日本橋で変な曝し物を見て、胸が悪くってたまらないのだ」

ではないが、侮辱されている男性の端くれを、日本橋で見たのが、男色を商うやからに似ていると言われたついで

日本橋で、僧侶の生曝しを徹底的に見まもっていたのがこの眼でした

上野

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は、その日、根岸へ帰るとて、山下まで来ると、上野の山内を歩いてみる気になって、そこで乗物を捨てました。

ような胸苦しさを晴らそうとして、そうしてワザと、上野の山のひとり歩きでも試みるという気になったものかも知れません

両国橋

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、団扇座と言い、人形座と言い、大福帳と言い、両国橋と言い――そうして、毎夜毎夜、その独特の頭を以て、