大菩薩峠 18 安房の国の巻 / 中里介山
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いわゆる、碓氷峠のお関所というのは、箱根のお関所と違って、それは山の上にあるのではなく、峠
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「これから大将のお伴と化けて、番町まで出向かにゃならん、今日はこれで失礼」
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その翌日、妙義神社の額堂の下で、なにくわぬ面をして甘酒を飲んでいるの
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本郷も江戸のうちと言われた、かねやすの店どころではなく、加州
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ながむる人は、物凄き一条の潮が渦巻き流れて、伊豆の方へ向って走るのを見ることができましょう。その潮は伊豆まで行って
へ向って走るのを見ることができましょう。その潮は伊豆まで行って消えるものだそうだが、果してどこまで行って消えるのやら、漁師
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そうして二人は巌の上から駆け下りました。甚三郎は王子の火薬製造所にいた時以来の散髪と洋装で、清吉もまた髷を取払っ
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ほぼ時は同じですけれども、ところは全然違った中仙道の碓氷峠の頂上から、少しく東へ降ったところの陣場ヶ原の上で、真夜中に
いわゆる、碓氷峠のお関所というのは、箱根のお関所と違って、それは山の
ました。この陣場ヶ原というところは、昼ならば碓氷峠第一の展望の利くところでありますから、そうして三方にめぐり立て
ば只者ではないようです。そのはず、この男こそ、碓氷峠の陣場ヶ原で一昨夕、焚火をしてなにものをか待っていた南条
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堂を出たがんりきを先登に、南条らの一行は白雲山妙義の山路へ分け入ったが、下仁田街道の方へ岐れるあたりからこの一行は、
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「秩父の逸見先生の御門弟中で御奉納になったのでございますが、当国
はいったい甲州者なんだがね、その甲源一刀流の秩父の逸見先生というのは、甲州の逸見冠者十七代の後胤というところから
「ははあ、甲源一刀流、秩父の逸見だな」
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「それはあの、甲州へ参ります小仏峠の下の、駒木野のお関所で……」
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木更津から那古の観音様へ参詣を致し、ことによったら館山まで参ろうと思うんでございます」
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「エエ、私でございますか、私はこれから本所へ帰るんでございますよ、本所の法恩寺の長屋に住んでいる、弁
か、私はこれから本所へ帰るんでございますよ、本所の法恩寺の長屋に住んでいる、弁信というものでござんすからね
「まあ、本所へ帰るの、それじゃ、わたしも少し早いけれど、一緒に帰りましょう」
「わたしも、本所の鐘撞堂まで帰るんですから、送って上げましょうか」
いで下さいまし。失礼でございますが、あなたのお家は、本所のどちらでございましたかね」
「どうも御苦労さまでございます、私は本所の法恩寺前の長屋に住んでおりまして、弁信と申しまする琵琶弾き
「早く帰りましょうよ、早く本所へ帰ってしまいましょうよ」
「私は本所の法恩寺の長屋におりまする弁信と申して、こうして毎夜毎夜琵琶
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ためですからこれから私が、もう一ぺん峠の宿を軽井沢まで走って見て参ります」
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かけちゃずいぶん後れを取らねえつもりだが、ここから信州の諏訪へ日参りと来ちゃ怖れ入りますね。そんなわけで、これがこの土地の名物、
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やがて辿りついたのは、例の弥勒寺の門前であります。門へ入ろうとする途端に、
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相生町の老女の家の一間で、行燈の下に、お松は兵馬の着物
こう言ってニタリと笑いました。この先生こそは、相生町の老女の家の兵馬を訪ねて来て、兵馬が出たあとをお松
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いやあの男には、拙者も重なる縁がある、大津から逢坂山の追分で、薩州浪人と果し合いをやっている最中に飛び込んだのは、別人
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、これまた急には雨風を呼ぼうとも思えません。江戸の方面とても無論それと同じ気圧に支配されているのですから、その日
城をお引上げになると、まもなく神尾の殿様も江戸へお引取りになった。神尾へはその前後に亘ってお角は始終出入り
「というても、そなたは江戸へ帰らねばならぬ人」
は途中の災難で外れたにしても、この女が江戸へ帰らなくてよいという理由はなかりそうです。江戸でなければこの女の
が江戸へ帰らなくてよいという理由はなかりそうです。江戸でなければこの女の仕事はありそうにもなし、またとにもかくにも、がんりき
またとにもかくにも、がんりきの百といったような男を江戸には残して来てあるはずです。
「そうですかじゃない、ほんとに生命がけで江戸から、お前さんを尋ねに来たんじゃないか」
「江戸から?」
生命がけだとかいうのに引きつけられたのではなく、江戸からと言った地名だけに引っかかったものとしか思われません。
「江戸には、おばさん、山は無いんでしょう、だから蛇だって、そんなに
を取って来て天気を占わせたりするんだけれど、江戸へ連れて行ってどうするんだろう。それでも、あたい江戸へは行って
へ連れて行ってどうするんだろう。それでも、あたい江戸へは行ってみたいよ。お嬢さんとこに、幾枚も江戸の景色の
は行ってみたいよ。お嬢さんとこに、幾枚も江戸の景色の絵があるんだ、それで見て知っているけれどもね、
やはり今日は東、明日は西、どこときまったことなく江戸の天地を、四角八面に潜り歩いているようなものじゃわい」
本郷も江戸のうちと言われた、かねやすの店どころではなく、加州家も
が両国へ現われるのと前後して、盲法師の弁信も江戸へ現われました。
することになった弁信は、毎夜、琵琶を掻き鳴らして江戸の市中をめぐります。清澄にいる時分、上方から来た老僧から、弁
「珍らしいな、いま平家を語るものは江戸に十人と有るか無いかだが、その平家を語って、門付けをして
は、房州の者でございましてね、ほんのツイ近頃この江戸へ参ったものですから、よく案内がわかりませんでございます、それに友達
ます、生れは房州の者でございまして、ついこのごろ、江戸へ出て参ったんでございますから、地理も不案内でございまして……
持った犬であります。まあ、伊勢から始まって、この江戸へ来ての今日、ムクがほんとうに懐いている人は、お君と、
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一人の印で受取って、三万両のうちの一万両は小石川の水戸家の蔵へ納めました。けれども、あと二万両の金の行方
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明徳三年の銘あるこの鐘、たしか方広寺の鐘銘より以前に「国家安康」の文字が刻んであったはずの鐘、
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た。その途中を支える諸大名の兵と戦いつつ、ついに加賀藩まで行ったけれど、そこで力が尽きて降参し、耕雲斎をはじめ、重なる者
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これに反して、嫌われ者は、尾張と薩摩で、これはどうかして三年に一度ぐらい、この関所へかかることが
でございます、琵琶も私のは平家でございますから、薩摩や荒神のように陽気には参りませんでございます、それに、私も
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て山崎は変装に妙を得ていました。七兵衛が島原の遊廓附近に彷徨うて、お松を受け出す費用のために、壬生の新撰組
に飛び込んだのは、別人ならぬこの拙者だ。壬生や島原では、かけ違って、あまり面会をせぬうちに、組の内はあの通り
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ますよ。あの道は、昔、日蓮様なども清澄から鎌倉へおいでなさる時は、しょっちゅうお通りになった道だそうですから、それ
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のように聞えます。と言って、今日はいつぞや甲州まで、がんりきの百を追いかけて行ったような血眼でもなく、お供
「それはあの、甲州へ参ります小仏峠の下の、駒木野のお関所で……」
「はい、おかげさまで……かなり長い間、甲州におりました。その間も、よそながら殿様のお姿をお見かけ申しまし
や勤番諸士の噂などは、おくびにも出ないで、甲州では魚を食べられないとか、富士の山がよく見えるとか、甲斐
、その甲源一刀流の秩父の逸見先生というのは、甲州の逸見冠者十七代の後胤というところから甲斐源氏を取って、それで甲
「左様でございますか、お客様も甲州のお方でございますか、甲州はまことに結構なところだそうでございます
ございますか、お客様も甲州のお方でございますか、甲州はまことに結構なところだそうでございますね」
、そうしているうちに、思いがけないにも思いがけない、甲州の白根山の麓、ちっぽけな温泉の中で、あの男を見出した、かわいそう
、どうしてあの人はあんなに気が短いんだろう、甲州で別れる時にも、わたしばかりじゃない、あの殿様を大変に悪く思って別れ
「何を言ってるんだ、甲州へ行っていたことはあるよ」
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半というのを筆頭に、隠岐の国が二十一方里、和泉の国が三十三方里という計算を間違いのないものとすれば、第四番目に位
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ほとんど神秘的の直覚力を持った犬であります。まあ、伊勢から始まって、この江戸へ来ての今日、ムクがほんとうに懐いている人
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た巌の人は、駒井甚三郎でありました。前に甲府城の勤番支配であった駒井能登守、後にバッテーラで石川島から乗り出した駒井甚三郎
。容易ならん大望というのは、隙を見て、甲府城を乗取ってしまおうという計画なのだ。甲府の城は名だたる要害の城で
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与えずに天領としておくところだ、それを乗取れば関東の咽喉首を抑えたということになるのだ。その五人の強力に
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れて、甲府の一蓮寺で興行したことから、このごろ再び両国で旗上げをするために、実はこの房州の芳浜というところに珍しい子供がい
んだね、間の山にいた時から、わたしが仕込んだ上に、両国へ来てから、みんなに仕込まれたのだから、ずいぶんお前は芸の数を知って
うに、前祝いかたがた獣肉茶屋で一杯飲んで、上機嫌で両国の河風に吹かれながら橋を渡って行くものと見える。
「何だい、貴様の面はそりゃ。両国の見世物にだって、近ごろ貴様のような面は流行らねえや。ちょっと見れば
く見物を見向きもせず、跛足の足を、飛ぶが如くに向う両国を指して走せ行ってしまいました。
さあ、拙者が、じかに見たというわけじゃねえのだが、両国の、とある船宿の二階で、さしむかいの影法師を、ちらりと睨んだ者がこち
てその御身分のあるお方のお相手というのが、やっぱり両国の女軽業の古狸なんですか」
それからいくらも経たない後、両国の見世物小屋の屋根から高く釣り下げられた大幟に、赤地に白く抜いて、
両国附近のある酒問屋の後家さんが、ことに茂太郎を執心で、お角もそれがため
うわけでもございませんが、人さんのおっしゃるには、両国のこれこれのところで、清澄の茂太郎が今、大変な評判になっているという
清澄の茂太郎が両国へ現われるのと前後して、盲法師の弁信も江戸へ現われました。
この頃、両国で茂太郎の評判が高いのを聞き、もしやと思って今日は出がけに、この軽業
た、この人をなぶり殺しにしておいて、そっと忍び足で両国の方へ――矢の倉というんでございますね、あちらの方へ逃げてしまいまし
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に当る里見八犬伝は、その発祥地を諸君の領内の富山に求めているし、それよりもこれよりもまた、諸君のために嬉し泣き
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た巌の人は、駒井甚三郎でありました。前に甲府城の勤番支配であった駒井能登守、後にバッテーラで石川島から乗り出した
の部屋へ入って蝋燭をつけました。この部屋は、甲府の城内にいた時の西洋間や、滝の川の火薬製造所にい
「まあ勿体ない、あなた様は、甲府の御勤番支配の殿様ではいらっしゃいませんか」
「まあまあ静かに。甲府の勤番の支配とやらの、それがどうしたの」
つい繕い切れなくなって、女軽業の一座を引連れて、甲府の一蓮寺で興行したことから、このごろ再び両国で旗上げをするために
ているものは、南条力であります。この人は曾て甲府の牢に囚われていて、破獄を企てつつ宇津木兵馬を助け出した奇異なる
添うように、離れたことのない五十嵐甲子雄であります。甲府の牢以来、この二人が離れんとして離るる能わざる※の形
のしたはずであります。山崎譲はその以前、同じく甲府の神尾方へ立寄って、それから道を枉げて奈良田の温泉に入って
思うに、七兵衛とがんりきとは、甲府の神尾主膳の屋敷の焼跡を見て、その足で木曾街道を一気に
ぶっつかったが、その時は涙がこぼれたなあ。あれは甲府の神尾主膳へ紹介しておいたなりで、拙者も忙しいから上方へのぼっ
それほど大事なものを持って、わざわざこんな道を潜り抜けて甲府へ落着こうというのは、何かよくよくの謀叛でもあるんでございましょう
て来るか知れたものじゃない。まあしかし、落着くところは甲府ときまっているんだから、追蒐けるにも、そう急ぐことはない
は知れたことだ。ことによると、山通しをいよいよ甲府へ出るまでには、仲間の奴等がどこから出て来るか知れた
と知れた妙義の裏山から信州へ出て、山通しを甲府へ乗り込む手順に違いない。それからお前の兄弟分だとかお弟子だと
て、甲府城を乗取ってしまおうという計画なのだ。甲府の城は名だたる要害の城で、徳川家でも怖れて大名に与えず
。容易ならん大望というのは、隙を見て、甲府城を乗取ってしまおうという計画なのだ。甲府の城は名だたる要害の
「なるほど、そりゃちっと、こちとらのやる仕事より大きいや、甲府の城を乗取って、お膝元を横目に見ながら、天下をひっくり返そうというん
げに来た二人の客があります。その一人は、甲府からついて来たあのいやらしい金助という男で、あれがこの間、兵馬
たものに違いない。そんならば確かに一大事です。甲府にいる時に、お君はたしかに神尾が一旦は思いをかけた女
「お前は先年、甲府にいたことがあるだろうな」
それに怖ろしく霧の深かった晩なのだ、その晩に甲府の城下に、破牢のあったのを知ってるだろうな、牢破りの」
「その晩に、お前は甲府の町を、その手槍を担いで一文字に飛び歩いていたろう」
「友造どん、甲府でやった辻斬も、このごろ出歩いてやる辻斬も、みんな拙者の仕業だ、
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れ、同勢は約千人もあったろうということで、金沢の城中から、鉄砲百挺、弓百挺、槍百筋を押立てて
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の一人で、香取流の棒を使うに妙を得た水戸の人、山崎譲であります。
ておくのが癪にさわるんだ、開眼導師には、水戸の山崎譲ではちっと不足かも知れねえ」
印で受取って、三万両のうちの一万両は小石川の水戸家の蔵へ納めました。けれども、あと二万両の金の行方が
これより先、水戸の家老、武田耕雲斎が大将となって、正党の士千三百人を率いて
のだ。あいつらの携えている荷物というのは、水戸の武田耕雲斎が幕府から借りた三万両のうち、二万両がそっくりあるはず
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屋敷の焼跡を見て、その足で木曾街道を一気に京都までのしたはずであります。山崎譲はその以前、同じく甲府の神尾
耕雲斎が大将となって、正党の士千三百人を率いて京都に馳せ上り、一橋慶喜に就いて意見を述べようとして、奥州路から上京の
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……いやあの男には、拙者も重なる縁がある、大津から逢坂山の追分で、薩州浪人と果し合いをやっている最中に飛び込んだ
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この駕籠は、竜泉寺方面から下谷を経て、本郷台へ上ります。
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こう言われると年寄のお客、それは深川の炭問屋の主人だというのが納得して、
まもなくお角は、その隣席にいる例の深川の炭問屋の主人と好い話敵になりました。
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その晩、夜通しで、信濃と上野の境なる余地峠の難所を、松明を振り照らして登って行く二人の旅人
「あ、鐘が鳴りましたね、あれは上野の鐘ですね」
、鐘も何も聞えやしないじゃありませんか、上野の鐘がここまで聞えるものですか」
「いいえ、あれは上野の鐘です、ほかの鐘とは音の色が違います」
この琵琶弾きはそれを聞き取った上に、確かにこれは上野の鐘だと極めをつけてしまったのも不思議です。盲は目が
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ももんじいやへ寄って、狐を一舟括らせて、これから巣鴨の化物屋敷へ乗り込むなんぞは、我ながら凄いもんだ」
で察すれば、駒込の外れか、伝中あたりか、或いは巣鴨まで足を踏み入れているかも知れないと思われます。
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やすの店どころではなく、加州家も、追分も、駒込も、いっこう頓着なしに進んで行くこの駕籠は、果してどこまで行ってどこ
。おおよその方向と、歩いて来た道程で察すれば、駒込の外れか、伝中あたりか、或いは巣鴨まで足を踏み入れているかも
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惹かれないわけにはゆかないようです。この女は、両国橋の女軽業の親方のお角であります。
それから暫らくたって、両国橋を啣え楊枝で、折詰をブラさげながら歩いて行くのは例の金助
「いよう、これはこれは両国橋の太夫さん」
の仲間にあったのだ、そうしてその一人が、両国橋の女軽業の太夫元のお角さんとやらに似ていたとか、
「え、そりゃお安くないんですね、両国橋の女軽業の何とやらのお角さんといえば、多分この辺に
金助というのは多分、両国橋の上で、宇治山田の米友のために大川の真中へ抛り込まれたその
、ともかくも身分あるらしい立派な金主をつかまえて、近日花々しく両国橋で、二度の旗揚げをしようという運びになっていることを福村が
はほんものだから安くねえんだ、ほんものだということで両国橋の太夫元が、おれにくれたんだ、だから、おいらにとってお
彼は今、どこにいるのか知らん。先日も両国橋の上へ姿を現わしたところを以て見れば、やはりあの界隈にいる
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洋とであります。内の海とは、今でいう東京湾のことで、それは、この洲崎と、相対する相州の三浦三崎とが