春の雁 / 吉川英治
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いる妓もある深川かと思うと、こんな事では、辰巳で遊び客の資格はないのだと、あの通船楼の若いおかみさんの鉄漿が
ッかいは要らない事。おまえさんも、二、三年辰巳へ商いに来たおかげで、たいそう深川の水に滲みた通人におなりだ
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や装身具や支那画などの長崎骨董を持って、関西から江戸の花客を廻り、あらかた金にすると、春の雁のように、遥々
清吉の花客先は、上方でも江戸でもたいがい花柳界だった。金持らしい金持となると、近づき難いし、骨を
は悉皆、長崎表へ為替に組んで、身軽になって江戸を立つ頃であったが、清吉は、五月になっても、まだ深川
このお金の費い途がついたら、わたしを連れて、すぐ江戸を立ってくれますか」
でもない事を云わぬがいい。また、いつだって江戸へ来られるじゃないか」
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、反物や装身具や支那画などの長崎骨董を持って、関西から江戸の花客を廻り、あらかた金にすると、春の雁のように
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――中国筋、大坂、島原と、諸国の遊び場所を通って来たが、清吉はこんな馬鹿な女の
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冗戯でしょう。新渡じゃあござんせんぜ。これくらいな古渡りは、長崎だって滅多にもうある品じゃないんで」
た。家は長崎で、反物や装身具や支那画などの長崎骨董を持って、関西から江戸の花客を廻り、あらかた金にすると
うち二年を旅暮しで送っている身だった。家は長崎で、反物や装身具や支那画などの長崎骨董を持って、関西から江戸
「よけいな詮索をおしでないよ。おまえさんは、長崎骨董でも弄っていればいいのだろ」
ば、路銀だけを懐中に残し、後の金は悉皆、長崎表へ為替に組んで、身軽になって江戸を立つ頃であったが
聞くところだよ。おまえさん、先月の初旬には、もう長崎へ帰る帰ると云っていたのに、今頃まで、まだ深川にいた
と、思わないでもない。長崎へ行かないかと云えば、一緒に逃げて来そうな気振もある。
「でも、長崎くんだりまで行って、お前さんに捨てられたら、わたしゃそれこそ迷ってしまう」
ふと彼は、遠い長崎の家にある自分の妻と子を思い出した。
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、手持ち不沙汰にひっそりしている色街であった。この深川では、夜などは見たこともないが、かえって昼間はどうかする
のは、やはり天下の狭斜の街のうちでも、この深川に越した所はないように思われる。
の花明柳暗の里を見て来ているが、およそこの深川ほど、意気だとか、きゃんだとか、不可思議な女だましいと、あそび
あったが、清吉は、五月になっても、まだ深川に日を暮していた。
へ帰る帰ると云っていたのに、今頃まで、まだ深川にいたのかえ」
新石場は、深川での新開地だった。金子の二階からは、石川島の懲役場の灯
の借金に背負っても苦にしないでいる妓もある深川かと思うと、こんな事では、辰巳で遊び客の資格はないのだ
、二、三年辰巳へ商いに来たおかげで、たいそう深川の水に滲みた通人におなりだね。じゃあ来年またおいで」
「ちょうど、深川の水に六年住んで、今夜が見納めかと思うと、何だか
ただ侠な肌あいの中に、濃い人情と強い恋を持つ深川のにおいが、艶かしく、自分を絵の中につつみこんで、波の音まで
で、雨戸のふし穴からそれを覗いていた清吉は、深川の水の底を――辰巳女の肌あいの底を――今こそ眼
櫓下や八幡や、深川の灯の空は、今を潮時にぞめいていた。