牢獄の花嫁 / 吉川英治
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あの座敷に寝ころんで見たら、房総の海も江戸の町も、一望であろうと思われる高輪の鶉坂に、久しくかかってい
捕われて来た百姓男は、よく、田舎から江戸へ出て来る黒焼売りのような泥くさい風態をしている。
もっと重要なことは、女の髪油の匂いだ。――江戸の女は、上つ方で、伽羅油、町方では井筒か松金油と限って
「ちょっと、面白いな。だが舶載の化粧油が江戸にないとは言いきれん」
。何ぞ知らん、やがて南北両派の捕物戦となり、江戸、上方まで沸き立たせたこの怪事件は、他人の禍いではなかった、江漢
が第一いけない、唖は全くの愚鈍で、その上、江戸の地理にうといと見えるから、元の奉行所へいちど戻し、また、初め召捕っ
、唖のやつは、全く田舎のぽッと出で、江戸の地理は皆目知らないのだ……」
箏から、琴の話、挿花の批評、東都の感想、江戸と上方との流行の差などほとんど尽くるところがない。その話がまた、
。あの方法も、幾度も繰り返しては効がないが、江戸では珍しいから或いは意外な拾い物があるかも知れん」
鳶の者に変装した加山耀蔵と、江戸見物の男に窶した波越八弥の二同心は、群集の中を潜って、
、火除地の道を木蔭から木蔭へ縫っていた。江戸の火除地には、梧桐がたくさん植え付けてあって、俗に、桐畠とも
は、少しは知られているチボでございます。花の江戸へ出て、お縄を戴いたなあ、かえって、本望でございます」
に一札がはいっておる。これは、郁次郎が長崎表から江戸へ送り金をした為替札です。即ち本石町の両替屋佐渡平の扱いで、
「塙郁次郎とかいう、江戸で、女笛師を殺した下手人だろう」
二人を帰すと、羅門は、その晩、江戸へ帰る予定を更えて、急に、手紙を書いて江戸表へ早飛脚
、ちょうど、戸塚まで帰って来たところだった。――江戸の方で、関り合いになった今度の事件も、下手人が、江漢老先生
「江戸です」
「お客様、晩に、江戸のお話をうかがいに行ってもようござりますか」
それと同じ事件は、去年、江戸にもあった。
同じ宿には、ゆうべ江戸から着いた、東儀与力をはじめ、屈強な部下が七、八名、姿を
と存ずる。卑怯なまねはなされまいぞ、其許も、江戸の名捕手塙大先輩ともいわれる人物のご子息ではないか」
組頭の東儀与力の勘気にふれ、即座に役名を剥がれて江戸をおわれた波越八弥であった。
しかもその八弥が、江戸の品川口から東海道を経て、遥々とここまで尾けて来た以上は、
今、自分が遥か江戸からここまで尾けて来た怪女性が、いったい、何の用事があってあの
「江戸を立つ時、よほど巧みに来たつもりでございましたが、品川口から一人
「いくら江戸の同心であろうと、十手を持って、お大名の奥へ立ち入ることはでき
「江戸の上役人が、含月荘の領内で、殺されていたと分った
でごらんなさい。見えます、見えます、竈の中で、江戸の同心めが、のた打っている有様が!」
それを、江戸に報じる遑もなく、空しく、狂炎の鬼となったとすれば、彼
江戸の笛師殺し、江の島の巫女殺し、指切りの殺人魔と目されて、遂に
上方の名捕手羅門塔十郎と、江戸の大先輩塙江漢とは、ここに初めて、この事件を介しての初対面を
いう道中稼ぎ、掏った紙入れには、郁次郎が長崎表から江戸へ送金した為替札と、また、女笛師のお雪と、取り交わし
たか。長崎で立派に医術の修業を習得して、江戸には、新築の養生所や、やさしい花嫁や、この父や、人間のあらゆる幸福
「あれは、江戸の大捕手といわれた名与力、今では、鶉坂に隠退した
か、若気の過ちで、わしに言えぬ秘密を抱いて江戸へ帰って来たのではないか。……それを、五百之進殿と
そうして、櫓下のお半殺しが、江戸の町に喧伝されて、まだ噂も消えない四日目の黄昏れ頃で
いる。誰が、どう見ても、飛脚屋である。江戸の同心と観破られッこはない。
「おう、江戸の飛脚屋か。遠路大儀であったぞ。その品の着くのを待ちかね
わははは。智恵なし同心め、自分の来るよりもはやく、江戸の方から、種明かしの密書が、宿場次ぎの早飛脚で、飛んで来ている
江戸を立った時からの日数を繰ってみると、もう四十日近い時間が空しく、
「江戸の事情は、また審さに、問い糺す人間が、この小屋へ戻って来
「やっ、この男は、江戸にうろついていたあの唖聾じゃないか」
「すぐに、江戸へ行こう」
加山耀蔵、波越八弥、二人は江戸へ帰って来た!
られたか、まだ、辰の口へも届け出がない。江戸の上屋敷も下屋敷も、あるにはあるが、十何年間も閉めっ放しで、
、またこのところ、老先生のすがたが、消えたように江戸から見えなくなったので、しきりとそれを気にしては、
「拙者は、上方の与力羅門塔十郎だぞ。江戸の無役者に、吟味をうけるいわれはない」
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「江の島の、江之島神社でございます」
飛脚を立たせ、べつに、宿をとって、翌日、江の島へ引っ返した。
江戸の笛師殺し、江の島の巫女殺し、指切りの殺人魔と目されて、遂に、江之島神社の境内で
「江の島の巫女殺しだ」
ませぬ。女笛師のお雪を殺したのも、江の島の巫女殺しも、みな、郁次郎殿の所業と睨まれ、ご本人もまた、
「女笛師の死骸、江の島の巫女の死体、そのいずれも、左の手の指が切り取られてあるよう
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あの座敷に寝ころんで見たら、房総の海も江戸の町も、一望であろうと思われる高輪の鶉坂に、
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この東海道――わけて戸塚の宿には、飯盛女がたくさんいた。灯がともると、街道の安
「いや拙者は、この戸塚の宿に知り人の家がある。それを尋ねているのだ」
宿場人足のあぶれ者だった。呑ンベの繁といって、戸塚でも鼻抓みの男である。
五日まえから、鎌倉江の島めぐりをして、ちょうど、戸塚まで帰って来たところだった。――江戸の方で、関り合いになった
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のだ。幕府の施薬院としては、小石川養生所と青山に一個所あるが、それは、両方とも漢方医の病院。老人は、ここで
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富武五百之進とは、誰も知る、番町の旗本、四十四、五の年配で、見るからに、几帳面そうな人物。
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道中おつつがのないようにと、毎晩、白魚橋の水天宮まで、そっとお詣りをいたしております」
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番衆というと、いったいに、風儀の悪い方だが、江戸城でも、書院詰のものだけは、悪風に染まず、品行が正しいといわ
「江戸城の書院番頭富武五百之進という人物です」
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は智恵がない。きょうは、この四明ヶ岳から峰づたいに、大文字山の裏を通って、三井寺から大津へ抜けて見ましょう」
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神奈川の陣屋に着く予定だったが、ちょうど、国元へ帰る備前岡山侯が滞泊し
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「ははあ、さては、寛永寺の訴訟に関係のあるものが、何か、言い分を、矢文に托してこの
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「彼も、出島の蘭医館へ遊学にやってから、まる五年、二十七歳になる。手紙
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上方流の捕物では、関東の塙江漢と並び称されている活眼家羅門塔十郎が、今、初めてこの
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「亀山のご城内とちがって、こちらの方には、美しい女中達がおりませぬ
「それはそうと、亀山の龍山公は、どこへ宿所をおとり遊ばしたかなあ。ぜひご拝謁を願い
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老人に指導をうけた八丁堀の若手や、難事件に墜ちて手にかかった人々などが、相談をまとめて
いくら隠遁の身でもなかなか忙しいから、これはひとつ、八丁堀にいる捕物の上手、岡倉鳥斎を抱きこんで、あれに頼んだらどうだ」
「叱ッ、叱ッ……。そこらに、八丁堀の手先がいるぜ」
「八丁堀の者じゃ。東儀三郎兵衛」
だ、その塙江漢様なんで。――いつか、八丁堀の旦那方と一座して、中川尻へ、投網のお供をして行った
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月見茶屋から友達と外れて、そのまま、大山へ詣り、箱根熱海と遊び廻って立ち帰りますと、死んだ主人が戻ったというわけで、
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見えないのであった。さては、飛んだなと、叡山の下の坂本まで、急いで来てみたが、一向そんな女が通った
作兵衛は、松明を持って、ふたりを叡山の近くまで送った。そして別れ際に、自分も、もうあの住み馴れた山に
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やがて、その息で、増上寺の山内へはいった。
から、元の奉行所へいちど戻し、また、初め召捕った増上寺の境内へ連れて行って、そこで放せと仰せられます。で、帰りがけに
括りつけ、奉行所に納めて、最初の晩のように、増上寺の境内まで連れて来た。
増上寺の五重の塔を見上げたり、伽藍の横の松の樹を撫でて見たり、塀
。道とばかり考えているから思いつかなかったが、そこは増上寺の寺領で、遠く麻布の台町まで林つづきである。人目にかからずに歩く
装った色の白い武士である。まさしく、加山と波越が増上寺で逸した、唖男の連れだというあの武士にちがいない。
たあの覆面だ。また貴公たちは、十五夜の晩、増上寺の境内でも見かけておるはずだのに……」
――と先の駕は、外濠に添い、増上寺の山内に隠れ、白金台を一気に駈けて、やがて、目黒の行人坂の途中
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「この男は、以前は、肥前の唐津、堺、長崎などにも出店を持ち、相応にやっていた木綿問屋でござります
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「――老先生、長崎から、お手紙でござります」
「きょうで、五日経った、もう長崎をだいぶ離れた頃だろう」
、そのうちに――「江漢老先生が、ご子息が長崎の遊学を終えて帰ると共に、貧者のために、蘭医養生所をひらく
してみると、この女の情人か、主かは、長崎の方に知行所を持つ武家か、縁のある男と見て、大体、
「その匂いは、長崎土産の薔薇香という舶載油にちがいない。まだある、その長襦袢の模様
「あれや、実を申すと、長崎表に遊学中の伜郁次郎の許嫁、花世さんじゃ」
通り隠退をするような老年、近いうちに、伜郁次郎が長崎から帰り次第に、花世と婚礼もさせねばならぬ、また蘭医養生所
と空を仰いでも、親心に、やがて長崎から帰るわが子のことを思いながら、歩調ゆるく、養生所の方へ行って
、塙様のご子息郁次郎様が、もう近いうちに、長崎からお帰りでございまする」
だ。――だが解せぬのは、その郁次郎は、長崎遊学から帰府の途中にあるはずで、まだ父の江漢先生の許にも
疑ってみれば多分に疑える点はある。第一、まだ長崎表から帰府していないはずの塙郁次郎を屋敷の奥に匿っている
「日本橋の薬研堀に、平賀鳩渓が長崎から招いた岡本亀八と申す人形師の住んでおるのをご存じか」
無為無病、いつもこの通り頑健じゃ。そのうちに、郁次郎も長崎表から帰るのでな。子息の帰るまでに、なるべく養生所の準備もし
は、本草学者の田村藍水や鳩渓平賀源内などが、長崎の蘭人から伝え聞いた方法で、協力して明和以来すでに十何回を重ね
「ここに一札がはいっておる。これは、郁次郎が長崎表から江戸へ送り金をした為替札です。即ち本石町の両替屋佐渡平
「この男は、以前は、肥前の唐津、堺、長崎などにも出店を持ち、相応にやっていた木綿問屋でござりますが
けれど同様な組為替は、同一人から同じ長崎表から、二枚送られていることがその晩の帳簿で知れた。
「長崎へご勉強においでになったというお話ですが」
「その長崎の修業中に……」
て、自分が、こんな身でいるとも知らずに、長崎から今帰るか、今帰るかと、待っていることだろう」
のじゃ、秋から指を繰って、こうして毎日、長崎から帰るのを待ちわびている親心がわからんのかなあ」
の新七という道中稼ぎ、掏った紙入れには、郁次郎が長崎表から江戸へ送金した為替札と、また、女笛師のお雪
「これ、郁次郎。そちはなぜ、長崎表から帰って来たら、すぐに、この父の許へ来なかったの
。わしは、おまえ一人の愛によって生きている。長崎へ勉強にやったのもその為だ。養生所を建てたのもそのため
「これッ、そちは、狂気いたしたか。長崎で立派に医術の修業を習得して、江戸には、新築の養生所や
「郁次郎は、長崎表に遊学中、何か、若気の過ちで、わしに言えぬ秘密を
、内密に済まそうとしたのが間違いだった。――長崎以来、雪女の女中弟子になっていた玉枝が、羅門へ仔細を通じ
が、旅芸人であった頃、彼はふと、遊学先の長崎で、その美貌にひき込まれて、恋に落ちたまでのことだ。彼
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公はもう齢七十に近い老体であって、とうから、京都の洛外、四明ヶ岳の山荘に風月を友として隠居しておられる。
夕雲の纏る頃、一点の灯火がポチとつくと、京都の方からそれを望む者も、琵琶湖に舟を泛べて夜網にかかる
「はい裏道はございません。大津を越えて、京都へはいればべつでございますが」
西側の窓の方からは、遥かに、京都の町の灯がチラチラ見える。郷左は、畳に貼りついた蜘蛛のよう
。するとすぐに父上は、その日のうちに、京都の為替問屋から、千両という大金を、何処かへお送りなすった
西――一乗寺より白河を経て京都へ。東――叡山道を越えて大津東海道口に至る。
な、分る人を。――この小さな荷物を一つ、京都へ送って貰いたいんですが」
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「はい裏道はございません。大津を越えて、京都へはいればべつでございますが」
から峰づたいに、大文字山の裏を通って、三井寺から大津へ抜けて見ましょう」
白河を経て京都へ。東――叡山道を越えて大津東海道口に至る。
「大津口まで出れば、問屋場からすぐに軍鶏籠に乗せてやる。さ、歩け
「去年の夏ごろだ、おらの伜の唖野郎が、大津まで買物に行ったきり山へ帰って来ねえでがす。何しろ、あの伜
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の陣屋に着く予定だったが、ちょうど、国元へ帰る備前岡山侯が滞泊しているので、わざと、囚人駕を避けて、一つ
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「深川まで」
「深川へ。……まあ落着いて話せ。どうしたんじゃ」
「あ、そうか、深川の何処だな。その、兇行のあった場所は」
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まだ部屋住の壮年ごろ、江戸表に在府中、人知れず向島の小梅に囲っておいた愛妾があったということ。そして、その愛妾
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「日本橋の薬研堀に、平賀鳩渓が長崎から招いた岡本亀八と申す人形
ある。鎌倉船は、初鰹をつんで朝から何艘も日本橋の河岸へはいった。
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八独特の蝋細工にて作らせ、折からちょうど平賀鳩渓が神田のお火除地に於いて博物会をひらく催しがありますから、その会場
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しかもその八弥が、江戸の品川口から東海道を経て、遥々とここまで尾けて来た以上は、誰
立つ時、よほど巧みに来たつもりでございましたが、品川口から一人の男に尾けられて、ほんとに、難渋いたしました」
「品川沖へでも持って行って、沈みをかけてしまえば一番いい。…
品川の海は、いい凪ぎだった。――それに、五月の初旬、
ひきうけて、若い者三名と共に迅舟をとばし、品川沖の鱚舟の群にまぎれこんでいたのである。
「でも、そのお嬢様は、いつぞや品川沖でふん捕まえて、また、悪党どもに奪り返された、あの玉枝っていう、
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中ということなので、すぐ引っ返して、そこからほど近い麹町の方へ馬を飛ばした。
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の屋敷を訪れたが、折悪しく、信明はその前夜、代々木の別業へ移って静養中ということなので、すぐ引っ返して、そこ
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のような迅い足で、彼はまもなく、白金台から目黒の行人坂を歩いていた。
寺の山内に隠れ、白金台を一気に駈けて、やがて、目黒の行人坂の途中、紫陽花寺の門前で止まったと思うと、女の
と、加山耀蔵は、その夜、その場から、目黒行人坂を振出しに、大山街道から東海道へ。
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壮者のような迅い足で、彼はまもなく、白金台から目黒の行人坂を歩いていた。
の駕は、外濠に添い、増上寺の山内に隠れ、白金台を一気に駈けて、やがて、目黒の行人坂の途中、紫陽花寺の門前
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の日、五の日、七の日に出る。場所は蔵前の閻魔堂の境内。九尺二間の借家が出張所で、今日は、
「ただ今は、蔵前片町のほとりに、侘しくお住居でござります」
て、月下を燦々と、龍山公のお孫を迎えるべく蔵前片町へ出向いて行った。
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右手をふり向くと、京橋口の大通りの灯がチラチラ見える。ああいう敏捷な女だから、かえってこっち
京橋河岸まで、四、五丁歩むと、郁次郎は、渇いた声で、こう
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と、その波越は、神田川の堤の上に、唇を噛んで、無念そうに川面を睨んでい
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ちょうど、春先。湘南は、梅もはやい。