夕顔の門 / 吉川英治
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良人の書斎から、兵庫の声が、その姿へ、鋭く投げられた。
兵庫は、書き物に疲れた眼をあげて、筆架へあらく筆を擱いた。
それを良人の兵庫は、叱りはしなかったが、
兵庫の声は、烈しくなった。
を探しに外へ出て行ったものとばかり思って、兵庫は又、机に屈みこんでいたが、ふと、彼女の部屋に物音がする
せず、櫛の手をうごかしていた。くわっとした兵庫も、彼女の声の底に、何日にない冷たさと落着きぶりを感じた
、そして何か手廻りの物を包み初めた様子に――兵庫は、
兵庫は又、机に向い直して、筆を執りかけた。
と、兵庫の声が後でする。
さっきも今も、兵庫の声には、少しも変りは無かったが、お市は、未練に思わ
兵庫は、薄く苦笑したが、門の外の呻き声に、
失いかけて、昏倒していた傷負の若い浪人は、兵庫のことばと、手燭の明りに、又びくびくと全身の肉を痙攣わせて
、絶叫する程な力で、微かな声をしぼりながら、兵庫の足もとを、血しおの手で拝んだ。
兵庫は、夕顔の花より血の気のない――その浪人の顔を見て、愕然
頷くと、其儘、がくりとしかけたので、兵庫は急いで手を伸ばした。そして、傷負の体を、引っ抱えるなり、庭
お市は、その隙に、もう二度と兵庫とは顔を合せない覚悟で――ついと門の外へ踏み出しかけたが、
と、飛鳥のように、庭の奥から引っ返して来た兵庫が、
兵庫は、依然として、手を拡げた儘、
兵庫の一蹴に会うと、さなきだに気負い立っている五名は、
云われる迄もなく、兵庫は疾くから知っていたので、その間も、何の表情もうごかさない
楠平の義兄、尾形周平は、さっきから眼を燃やして、兵庫の顔を睨めつけていたが、
だが兵庫は、眉も動かしてはいない。ただ微かに苦笑を唇元にながして
へ斬りこんでいた。――途端に、中へ隠れた兵庫の影の代りに、門の扉が、風を孕んで、どんと閉まった
云い捨てて、兵庫は家の中へかくれ、又、机の前に、黙然と坐った。
げな太い呻きがながれてくる。それは、お市と兵庫の、六年間の苦しみを、一時に※がき苦んでいるような呻きだった
兵庫は、すぐ窓を開けて、
『あっ――お身は兵庫どの』
『お詫びは、今も申した通り、兵庫からせねばなりませぬ。折角の一諾も、お引き請け効いもなくて』
兵庫は慇懃に、五名の影に向って、
兵庫は、それを惣七に伝えるつもりで、駕のそばへ戻って来たが、
兵庫は、駈け寄るなり、駕のたれを刎ね上げたが、もう間にあわなかった。吾儘