凡人伝 / 佐々木邦
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「赤坂区青山だ」
「青山は練兵場の近所ですか?」
犬を殺すところを頭に描いている。それは新橋から青山までのこの初めての車上で目撃した光景だ。或商家の天水桶の側だっ
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たので、早速上って行った。成程、能く見える。箱根と覚しい山を踏まえて、チョコンと立っていた。故郷の山だ。無論
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、余興に琵琶があった。忘れもしない。敦盛が熊谷に討たれるところだった。
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「浜松の中学校へ行ったきり動かないが、評判は好いのかね?」
「野崎君は浜松ですか?」
と実は私は先刻も浜松と聞いて耳よりに思っていた。
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て、三つかゝって来た口の中一番俸給の好い九州の某中学校へ赴任することに定めた。
「九州とは遠いね。この間更迭があったんだから、こゝへ来ようと思え
新任地は九州の○○市、中学校も県で錚々たるものだった。無名で置くのも
守っていた同輩の誰何を誤解したのでした。九州と東北ですから、言葉が能く通じません。娘は狼藉でも受けると思っ
たところを又上って転任することに心掛けた。当時、九州にも好い口があった。それは仲人の柴田君の周旋で、有名な
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三階造りで、塔は五階になっています。富士山が能く見えます」
「成程。立派なものですな。これがその富士山の見える五階ですか?」
に立派な家だと思って見上げるのが常だった。富士山の麓に生れた所為か、私達には高いものに敬意を表する本能があっ
は目が覚めると直に五階の塔を思い浮べた。富士山が見えると聞いていたので、早速上って行った。成程、能く見える
「君、富士山が見える」
「郷里は静岡県○○町、千秋の雪を戴く富士山の裾野であります」
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。錚々館へ独身で来た私は、五年勤めて四国へ転任する時、夫婦二人に子供が三人になっていた。
四国に三年いる中に又二人生れて、中国へ転任した。子供は毎年
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「先生、横浜あたりの外国商館に御懇意の方はございませんか?」
「去年、横浜の商館へ入ったよ」
「御免だ。これから用足しをして横浜へ寄る」
未だ東京駅のない頃だった。私は新橋から乗って、横浜の外国商館に勤めている野崎君を訪れた。
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和歌山名古屋と歩いて、子供の数が十人に達した時、私は考えた。無論
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「小松さんから時々手紙が来ます。北村さんは早稲田にいます」
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「大阪の西村先生は第三回ですが、雄弁家としては日本一でしょう」
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「年をいわない人だが、会津征伐といえば明治元年だから、その頃壮年だったとすると、何うして
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年になって、一泊旅行に出掛けた晩だった。久能山へ参詣して静岡に泊った。先生が、
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「しかし以前は神戸へ行く度に寄ったろう?」
君の如きはそれから十年たって欧州大戦の始まるまで神戸の叔父さんのところで運送業の手伝いをしていた。尤もその為め成金
赤羽君はカン/\に憤って、その日の夜行で神戸へ立った。叔父さんが運送業をやっている。それを頼って行った
郷里から任地までの間に、私は神戸の駅で赤羽君に会った。唯五分の停車時間を打ち合せて置い
と私は神戸駅頭の赤羽君を思い出した。
と私は言った。錚々館へ赴任する時、神戸の駅で会って以来、御無沙汰を続けていたのである。初めは
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「面白い。大に書き給え。京都の日高や仙台の藤岡なんか持って来いの材料だぜ」
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「面白い。大に書き給え。京都の日高や仙台の藤岡なんか持って来いの材料だぜ」
「京都の同志社も豪い人を出していますが、明治学園も劣らず豪い人
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泊旅行に出掛けた晩だった。久能山へ参詣して静岡に泊った。先生が、
今日、凡人伝を思いついて筆を執っているのも遠く静岡の宿屋の一晩に起因する。私は遠足から帰ると直ぐに、
「遠足に行って静岡へ泊った時です」
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「越中富山だったね?」
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「冗談言っちゃいけない。金沢だよ。百万石だ」
「奥さんも金沢かね?」
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和歌山名古屋と歩いて、子供の数が十人に達した時、私は考えた
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は皆東京にいるので、時折顔を合せる。成金の赤羽君のところへは一週に二回、令息共の家庭教師として
「さあ。下級生が能く史記の老子伝を赤羽君のところへ訊きに来ましたよ」
「赤羽君は皆同じところを聴きに来るよって、不思議がっていました。
、五人六人皆愚の字を指すんですが、赤羽君は気がつきません。一々丁寧に説明していました」
「違っていましたよ、確かに、赤羽君は」
と私は赤羽君に花を持たせる外仕方がない。
厭な結論をした。使用人扱いだから情けない。私は赤羽君なぞと呼んではいけないのだろう。
しかし赤羽君自らは決して威張らないから助かる。
が高いから毛嫌いをするけれど、世間の目から見れば、赤羽だって立派な紳士だよ」
と私は赤羽君の為めに弁解の労を取った。
五千円かゝっている。僕はあの時、一個人の資格で赤羽のところへ談判に行ったんだ」
「あの頃の赤羽は好景気時代の赤羽と違う。大戦後のガラを食って、財産が三分の一になっ
「あの頃の赤羽は好景気時代の赤羽と違う。大戦後のガラを食って、財産が三
「赤羽は兎に角考えて見ると言ったよ」
「彼奴はもう昔の赤羽じゃない」
お都合の好いことに同窓が押し並べて凡人だ。成金の赤羽君にしても、欧州戦争という間違が因で成功したの
この計画を赤羽君に話したら、
思うところが浅ましい。愚なるが如しと衆目が認めている赤羽君にしてこの通りだ。
「赤羽も好いね」
へ、又一人の同級生が着いた。此奴が現在の成金赤羽君だった。猪股先生は私達を紹介して、
「私は群馬県の産、赤羽明と申します。何分宜しく」
と赤羽君は鄭重にお辞儀をした。
群馬県の産、赤羽君は矢張り寄宿舎へ入って、私達の隣室に落ちついた。荷物を片付けると
と赤羽君は争わなかった。
と赤羽君は何気なく言った。野崎君は肩を怒らせた。これはいけ
「赤羽君、群馬県ってのは馬の多いところですか?」
と赤羽君は目を輝かした。
「赤羽君、君は信者ですか?」
と赤羽君はニコ/\した。
と赤羽君は退っ引きさせなかった。
と赤羽君が歓迎した。
「僕は群馬県の産、赤羽明と申します。今しがた入ったばかりで勝手が分りません。何分宜しく
と赤羽君は丁寧にお辞儀をした。
と赤羽君は不服のようだった。
と赤羽君は不得要領な男だ。大に主張するのかと思っていたら、直ぐ
と赤羽君が野崎君を見返った。
と間もなく安部君が怪んだ。野崎君と赤羽君が見えない。
「いや、野崎君は昨日、赤羽君は今日からです」
野崎君と赤羽君はナカ/\帰って来なかった。安部君は尚お話しこんだ後
と野崎君が赤羽君と一緒に帰って来た。
「赤羽君と二人で蕎麦屋へ行って、刎頸の交を結んで来た」
と赤羽君は老若男女の相好を崩した。後から聞いたが、二人とも強がっ
私は信者だから心得があった。しかし野崎君と赤羽君は初めてらしかった。安部君と吉田君は大きな声で歌った。因み
と頼んだ。赤羽君が追って行って、何か囁いた。野崎君は旧の席に
その日、野崎君と赤羽君の問答が面白かった。
と赤羽君が訊いた。
と赤羽君は一生懸命だった。
野崎赤羽の両君は特別として、最初に会っている所為か、私はこの
「野崎君と赤羽君だ」
と野崎君は手を挙げて、赤羽君諸共駈けて来た。
と赤羽君もスパ/\やった。
と赤羽君は膝を叩いて笑い出した。
と赤羽君が話しかけた。
と赤羽君が威張った。
と赤羽君が敦圉いた。
「赤羽君、それじゃ君は基督のことを知っているのか?」
と赤羽君は考え込んだまゝ、行き詰まってしまった。
と赤羽君には何処か愚なるが如きところがあった。
は少し極りが悪くなって、ふと見返ったら、野崎君と赤羽君がもういなかった。
、もっと後だったかも知れない。席上、野崎君と赤羽君が組打をして卓子を倒したので、二十何年後の今日
と赤羽君は別に説を立てた。
と野崎君はこれ丈け余計だった。赤羽君は黙って唇を咬んだ。これがこだわりになったと思われる。
「赤羽君」
と赤羽君が立上った時、皆クス/\笑った。もう幾度も聞いている
と赤羽君は博奕打の真似をした。大喝采だった。
と野崎君は赤羽君を睨みつけた。何方も何方だ。ミッション・スクールの教室で同郷出身の
と赤羽君が弥次った。
と野崎君は側に坐っていた赤羽君の頭をコツンとやった。
と赤羽君は立ち上りざま、野崎君に横ビンタを食わした。
があった。皆羽織を脱いで叩き消した。野崎君も赤羽君も喧嘩を忘れて手伝っていた。
野崎君と赤羽君は喧嘩をしても、直ぐに仲よしになる。懇親会で組打をやっ
と赤羽君が簡単に応じた。二人偶然私の部屋で落ち合った時だったから
と赤羽君は呑気だった。
と赤羽君は何うも血の繞りが遅い。
たと記憶する。会話の時間に頓狂ものゝニコル先生が赤羽君の名を、
と赤羽君が訂正を申入れた。
とニコル先生は早速会話の材料に応用した。しかし赤羽君はもう上ってしまって、聞き取れない。
と赤羽君は早速目の下に指を当てゝ舌を出した。
とニコル先生は未だ赤羽君を睨んでいた。
とお礼を言って、もう一方赤羽君に、
と赤羽君が坐った時、一同腹を抱えて笑い出した。
と赤羽君は平気だった。こんな野郎が何百万の成金になったのだと
と赤羽君は立ち上った。
が受けた飛沫だった。或日、谷君が教室で赤羽君と出会い頭に、
打ってかゝった。谷君は身をかわして逃げ出した。赤羽君が追っかけたら、佐伯君が遮った。
と言って、その通りの真似をしたら、赤羽君が突如打ってかゝった。谷君は身をかわして逃げ出した。赤羽
と赤羽君はそこに置いてあった佐伯君のマンドリンを蹴飛ばした。佐伯君は
と赤羽君は忽ちマンドリンを踏み躙った。乱暴極まる。理も非もない。佐伯君
と赤羽君は威張った。
私達七名の同級生は能く折り合った。野崎君と赤羽君も懇親会の組打が最後だった。互角のことが分ったのか、
慣れた。唯七名だから、毎時間輪講が当る。赤羽君も、
試験の時に、この紳士待遇の事実が分った。能く赤羽君が引き合いに出るが、大将、論理の答案が書けなかった。時間が
、ベルの鳴るまで机にしがみついていた。パートリッジ先生は赤羽君のところへ進み寄って、
と赤羽君もそれぐらいのことは分るようになっていた。
を膏薬ほど割いて渡して、ニコ/\している。赤羽君も拠ろない。名前を書いてお辞儀をして来た。それでも
、野崎君が畑に沿った栗の木へ登った。赤羽君は下で拾う役を勤めた。高木君と私は見張番をし
鹿爪らしいことばかり言っている信者連中よりも面白い。野崎君も赤羽君も見せかけているほどの悪徳家でない。唯年少客気、無暗に強がる
と赤羽君が組みついて、止めてしまった。
、実際もう議論じゃないという気になった。昨今、赤羽君は成金として自伝を郷里出身の文士に頼んでいるそうだが
と赤羽君は容貌愚のようでも、大勢が分っていた。一同妙に
と鈍感の赤羽君さえ真青になって、頻りに唾を吐いた。
と赤羽君も悲観していた。
つけてアメリカへ渡った。野崎君もスタートが悪かった。赤羽君の如きはそれから十年たって欧州大戦の始まるまで神戸の叔父さん
大勝利の報告だったから景気が好い。或日、私は赤羽君と二人づれで神田へ書物を買いに行った。折から、
もの数名あった。何うした弾みか、その一人が赤羽君に突き当って、
と赤羽君は早速身構えをした。しかし号外屋は喧嘩を売る積りでなかった
と赤羽君は例によって人柄が好い。
と赤羽君は号外を私の目の前へ持って来た。私は郷里の
「赤羽君、これは長谷川さんだよ。そら、いつか話した」
「同級の赤羽君です」
「群馬県の産、赤羽明と申します。何うぞ宜しく」
と赤羽君が名乗った。
と赤羽君は長谷川君を相手に早速やり出した。号外を一枚貰ったの
「赤羽君、このバタパンを食って見給え。うまいぜ」
と赤羽君が笑い出した。
と赤羽君は大ザッパだ。
と私は頭を掻いた。赤羽君はこの通り、愚鈍のような聡明のような男だ。
と赤羽君が又悪い保証をした。
多少持っていた信仰を失うものもある。野崎君と赤羽君は終始一貫無感覚だった。私達同級生は極端な各種類を代表して
と野崎君や赤羽君が諢ったものだ。その徳を慕って来たジョンソン博士が今
括っている中に、その試験が来て、吉田君と赤羽君が落第した。前者は病弱で力が及ばなかった。後者はズボラ
「君達は吉田君と赤羽君の成績のことで来たのでしょう?」
私達は生垣の蔭に匿れていた本人の赤羽君と吉田君を呼んだ。
と赤羽君が改めて案内を求める。私達は運動場へ退却して待っていた。
と赤羽君はニコ/\していた。
「赤羽君と吉田君が一緒でないなら、僕達は卒業式に出ません」
間際から分け始めた。皆頭をテカテカさせていた。赤羽君は、
受けて卒業した。吉田君は神学校へ入ったが、赤羽君は私達同様身の振り方がつかない。
春の休暇が終って新学年が始まると間もなく、赤羽君と吉田君が再試験を受けて卒業した。吉田君は神学校へ
とこれも大喜びだった。次に赤羽君が呼び出された。
を寄附した当座、明治学園では神さまの次が赤羽さんのようだった。尤もジョンソン博士も猪股先生も死んでしまったから、
と赤羽君はカン/\に憤って、その日の夜行で神戸へ立った。
て置いたのだった。雨の晩にも拘らず、赤羽君はプラットホームに出ていてくれた。
郷里から任地までの間に、私は神戸の駅で赤羽君に会った。唯五分の停車時間を打ち合せて置いたのだった
と私は窓から乗り出して、赤羽君の前垂姿を見下した。
た。私は新任の口のことを簡単に話した。赤羽君は現状について二言三言愚痴をこぼした。
と赤羽君は背広服の私を見上げた。立脚地が上と下の通り、得意
と赤羽君は慌てゝ一二歩下った。矢っ張り愚なるが如き容貌をしている
「恐ろしいものですよ。例えば、あなたの級の赤羽さんですね。あゝいう人は迚も駄目です」
と私は神戸駅頭の赤羽君を思い出した。
「赤羽さんは三十本から忘れました。皆、私が貰って使っています
「もう一人、赤羽さんの相棒がありましたね?」
彼方へ行って帰って来る人間に頼むんだ。君と赤羽にやろうと思って頼んで置いたら、この間着いたんだよ」
丁度その頃、赤羽君が訪れてくれた。但し家へ来たのでなく、旅館から学校
「赤羽だよ。赤羽明。群馬県の産」
「赤羽だよ。赤羽明。群馬県の産」
「はあ/\。赤羽君ですか?」
近く待たされた。先客が二人控えていたから順番で赤羽君の部屋へ呼び出される。
と赤羽君が言った。
と赤羽君は気がついたように、
と紳士は返辞毎にお辞儀をして退いた。赤羽君よりも悧巧そうな顔をしているが秘書らしかった。
寄越さないから、お互っこで七八年過ぎた。次に赤羽君の成功を聞き知ってからは羽振が好くなったからだと思われる
と赤羽君が訊いた。
と赤羽君は大いに主張した。この辺は昔と変らない。
と赤羽君は腕捲りをした。恨骨髄に徹している。
と赤羽君は独りで呑み込んでいた。
しかし間もなくこれが実現された。私は赤羽君の肝煎で神田のオリエンタル英語学校というのに百円の口を得
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教諭の立花君以外は皆東京にいるので、時折顔を合せる。成金の赤羽君のところへは一
「無論東京です」
「おれは来年の春三年生が済めば直ぐに東京の明治学園へ行くんだ。六階のミッション・スクールだぞ。手前達
いや、高等を卒業して置けば二年へ入れる。今東京へ行っても、三年修業じゃ半端だから、矢っ張り一年へしか入れ
「分らないことを言っちゃ困る。東京へ出るのと家から通うのでは費用が違う。中学を安上りにやれ
自分の学校だった。万事自分本意でやって行ける。遠く東京の明治学園へ遊べなかったのは残念だったが、父親の学校から解放
「彼奴は東京の中学校で幾度も落第して来て、もう十七だそうだ」
「東京で暴れた話ばかりしている」
と始終定っていた。年長者だから押しが利く。東京帰りの隈本君も口ほどの乱暴者でなかった。
「無論東京さ」
「東京行きのことですか?」
「河原君、それじゃ来年東京で会うぞ」
さんが念を押した。長谷川さんは十一時の終列車で東京へ立った。翌日、北村さんと小松さんは学校で幾度も教員室へ
郷里から東京まで五時間、私は新橋で下りた。東京駅のなかった昔である。
と私は新橋駅頭、先ず田舎漢を発揮した。東京は広い。中学校と言えば直ぐ分る郷里の町と違う。
「東京は大きいね」
と俥屋は自分の東京のように答えた。
な奴だと思った。その頃の学生は荒っぽかった。東京の書生は直ぐに喧嘩を売りかけるから気をつけろと言われて来た
「僕は君が東京だと思って用心したんです」
と私は丁度散歩の時間だった。その頃の東京は場末が直に田圃で、学園の近所には百姓家が多かった。
「東京にこんな静かなところがあるとは思いませんでした」
私も慾だ、寒い東北へ行って三十五円貰うよりも東京にいて三十二円取る方が徳だと思った。
「河原君、何うですか? 東京にいて母校の為めに尽して下さいませんか?」
た。しかし田舎へ来ては贅沢を言えない。いや、東京にいれば食うに困る身分だと思って、悉皆観念した。河原老人
と私は東京を出て以来、久しく油が切れていた。学園時代は何かと
英語の柴田君は今でも東京へ来ると必ず寄ってくれる。この男は私より二つ上で一番若かっ
一人五味君を挙げたい。矢張り英語で、柴田君と同じく東京の高等師範出身だった。私より三つ上だったけれど、十も違う
。田舎にいると時世に後れるから、年に一回、必ず東京の空気を吸う決心だった。但しこれも翌年実行した丈けでもう思う
「未だ東京にいるか知ら?」
「もう一遍東京へ出ますから、その時買って来ても宜いです」
「いや、東京の私立学校へ行って稼ぐんだ。恩給丈けが浮くよ。彼方は時間給だ
「東京へ越すんだってね? この間学報で見た」
「実は僕も東京へ帰ろうと思っている。いつまでも田舎にいると子供の教育が出来
「東京へ行って私立学校を稼ぐさ」
「それじゃ君、東京の口を僕に探させろ」
「東京へ行くようになれば、無論都合をつけるよ」
「可愛いには可愛いけれど、私は迚も東京へなんか行けませんよ」
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郷里から東京まで五時間、私は新橋で下りた。東京駅のなかった昔である。もうソロソロ三十年になる。
と私は新橋駅頭、先ず田舎漢を発揮した。東京は広い。中学校と言えば直ぐ
殺が犬を殺すところを頭に描いている。それは新橋から青山までのこの初めての車上で目撃した光景だ。或商家の天水桶
ばかりで珍らしかった。未だ東京駅のない頃だった。私は新橋から乗って、横浜の外国商館に勤めている野崎君を訪れた。
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「神田区ってのは何方だね?」
「神田の夜学校ってのは君知っているか?」
「神田は学校の巣ですよ」
去年事情あって半途退学をした同級の年長者長谷川さんは神田で牛乳配達をしながら夜学校へ通っている。
と私は又々後悔した。黙っているに限る。神田を訊いた理由は長谷川さんを思い出したのだった。去年事情あって半途
景気が好い。或日、私は赤羽君と二人づれで神田へ書物を買いに行った。折から、
「僕は神田へ来る度に会うか/\と思って、気をつけていたん
なくこれが実現された。私は赤羽君の肝煎で神田のオリエンタル英語学校というのに百円の口を得た。恩給と家庭
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「銀座のと同じ時計台がある」