脱線息子 / 佐々木邦
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道楽を覚える暇がなかったんだね。十五の時に箱根山を夜通し逃げて来て、小僧から番頭と全く自力で仕上げたんだから片輪になら
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\でございましたろうよ。母の話によりますと、青山の百人町で傘を張っていたそうでございます」
「その青山から聯想したんだよ。傘を張っていたか何うか知らないが
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「地主だよ。牛込の弁天町に地所家屋を大分持っている。義兄が○○出身で僕の成績
「あれは金持の娘です。家は牛込の弁天町の地主だそうですよ」
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「はあ、本所でお風呂屋をしていますが、引き合いに出すのも却って変なものじゃ
「さあ。本所へ調べに行くと困るぜ。彼処は借金だらけだって評判だよ」
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同業者の息子息女は大抵この人の肝煎で縁を結ぶ。出雲の神さまを住居の出雲町に引っかけて、宮地出雲守という綽名がつい
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二人はその晩、遙々神楽坂まで出掛けた。御苦労にも縁日の人込みに押されて彼方此方歩いたが、松浦
「神楽坂から直ぐのようだったが、自動車だった所為かな」
「何うです? 神楽坂までお送り致しましょうか?」
話は神楽坂まで続いた。新太郎君は無論秀子さんばかり相手にすることは出来なかったが
と何彼につけて微笑まれる。神楽坂から肴町へ差しかゝった時、先頃縁日の晩寛一君と一緒にその辺を
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ございましたろうよ。母の話によりますと、青山の百人町で傘を張っていたそうでございます」
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「いや、俺等は横浜へ寄るから」
「見っともない。横浜へ着いてからゆっくり話す」
そのまゝ考え込んで身動きもしなかった新太郎君は横浜で停車した時、
「今日はガ※ナーが横浜へ行くよ」
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「違いますと直ぐ言わないで、『此方は銀座の寿商店、羅紗一切を扱います』と言ってやりなさい。それから切っ
と友人を神田辺へ引っ張って行った。銀座は親父の目が光っている。
姉の店のことだから無論異存のあろう筈がない。銀座々々と言って尠からず鼻にかけているくらいだ。
に冷かされた。尚お去年の暮に松浦さん夫婦が銀座へ買物に来た時、偶然家の前で行き会った。
すればそれ丈け羅紗が節約される。然るに西川さんは銀座の羅紗問屋である。
新橋で下りて銀座の寿商店へ向った寛一君は只管伯父を恐れた。伯父の信任を
能く考えて貰いたい。早い話が、近所界隈を御覧、銀座の角屋敷は何処も一代で潰れるという評判だけれど、何も角屋敷に
新太郎君の家も、二百坪足らずだが、日本一の銀座の地主さんだ。悲観することはない。門前で自動車を乗り捨てたのは
「銀座の西川です」
「銀座? 松浦の御友人でいらっしゃいますか?」
とは人を馬鹿にしている。銀座の西川といえば何処へ行っても下へは置かれない。洋服屋
「兎に角、銀座じゃないから、斯うやって歩いていれば気休めになる」
「西川さん、私、銀座へ行くと、いつもお宅の前を通りますのよ」
と操さんは去年の暮に銀座の店の前で新太郎君に会ったことを思い出した。
銀座は空いた円タクが止度もなく通る。新太郎君は車体の新しいのを
「秀子さんは銀座に一番好きなものがありますのよ」
「銀座よりも新橋よ」
「然うよ/\。銀座へ行くと屹度彼処をねだりますの」
「お広いですな。大きなお池がありますな。銀座あたりから来ると羨ましいです」
「銀座は住むところじゃありませんわ。散歩に行くところよ。私、園芸が
「銀座へ」
「銀座、銀座」
「銀座、銀座」
「銀座の西川です」
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と友人を神田辺へ引っ張って行った。銀座は親父の目が光っている。
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翌朝新太郎君は寛一君と清吉に送られて新橋から立った。その折寛一君は、
新橋で下りて銀座の寿商店へ向った寛一君は只管伯父を恐れた。
ては一つ打ち合せて置きたいことがあるんだから、新橋へ着いたら、一寸で宜いから附き合ってくれ給え」
新橋に着くと果して清吉が出迎えていた。新太郎君は荷物を渡して、
二人は新橋を渡ると間もなく或カッフェへ入って二階の一隅に陣取った。
「銀座よりも新橋よ」
「何でしょう? 新橋ですね?」
「新橋よりも芝口よ」
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「あの方も東京でございますよ」
「東京は分っているが、矢っ張り病人だろう? 何処が悪いんだい?」
と新太郎君はいくら大きな声を出しても東京まで聞えっこないから安心だった。
「一人東京から年寄の方が見えています。釣道楽で朝から晩まで岩の
「いや、結構です。あなたは東京だそうですな?」
「私も東京です。私は道楽で来ていますが、あなたは御休養ですか?
揉まれるよりもと考えたし、余所へ行けば必ずしも東京にいられるか何うか分らない。就職難が厳しいと青年は藁へでも
申込んで見るのさ。こゝにいてチョッカイをかけるよりは東京へ帰って正々堂々の手順を用いる方が何んなに安全だか知れない
表する。この上チョッカイをかけると駄目になるばかりだぜ。東京へ帰ろう」
離れから大声で呼んだ。松浦の俊男さんも同じ汽車で東京へ帰る。
強いっていうが、矢っ張り然うだね。看病をしましょうか東京へ帰りましょうかと神妙に恐れ入って、ジタバタしなかったところは見上げたもの
て、間もなく申合せた様に目を閉じた。唯東京まで運ばれて行く外に差当り用がない。他の乗客には寝て
に尽したのである。苦心惨憺チョコレート、寛一君は遙々東京から持って来る度に、
「でも、お母さん、東京と違って海水浴場でございますよ」
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「子供の時浅草の釣り堀でやったんです」
「浅草の釣り堀と太平洋を一緒にされちゃ溜まりませんな」
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寛一君は品川で俊男君と別れるまでに松浦家に関する知識を多少獲得した。しかし
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聞き出して来るんですか、矢っ張り蛇の道は蛇ね。日本橋の金輪さんの娘さんの縁談の時なぞも先方が匿していたこと
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「いゝえ、手順よ。お母さんへは渋谷の伯父さんから持ち出して戴くんです」
「いゝえ、渋谷の伯父さんが西川さんと御懇意で自分から思いついたようにして切り出す
松浦さん夫婦が起用しようとしている渋谷の伯父さんというのはお父さんの実兄で陸軍大佐だ。但し軍縮以前から
と言う。大森は図太い。渋谷はそんなことがない。軍人上り丈けに謹厳そのものだ。而も蔭へ廻っ
しかし肥立ちは予定通りに捗った。その次に渋谷の兄さんが訪れた時は床の上に起き直って、
「お母さん、渋谷の伯父さんは秀子に丁度好い縁談があると仰有っていましたよ
。その結果、既に暗中飛躍を始めていた宮地さんが渋谷の伯父さんを訪れることになった。元来申分ない縁談の上に扱い人
「細工は流々の積りです。恐らくこゝ数日中に渋谷が手を引いて私が直接先方へ乗り込むことになりましょう」
と宮地さんは尚段取を話した。万般渋谷の伯父さんや友三郎さんと打ち合わせてある。
「それだのに寄って群って渋谷の伯父さんまで引っ張って来てお膳立てをしてさ」
「秀子の心持よりも私の心持よりも病人の心持と渋谷の伯父さんの心持がお前達は大切と見えますのね」
それほどお気に召さない御縁談なら、私、これから渋谷へ行って断って参ります。御心配をかけて申訳ございません」
、お前達はお前達同志で。宮地さんと友三郎さんと渋谷の伯父さんとで悉皆呑み込んでいてくれます」
「渋谷の伯父さんですよ」
と友三郎君が注意した。渋谷の伯父と新太郎君の父親が友達だとは一蓮託生でお父さま迄瞞して
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湘南の海岸も季節前は生地のまゝで、一帯の漁村続きに過ぎない。