泡鳴五部作 05 憑き物 / 岩野泡鳴
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を旅行として思ひ出した。天龍川の鐵橋――大井川、富士川の鐵橋――利根川、阿武隈川、北上川の鐵橋。
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が自己その物の發展だと思つた。渠は一たび樺太の土を踏んで、一層この感を深くした。若しここ七八年のうち
思ひ出すと、樺太の鑵詰業者でも、見切りのいいもの等は、秋の蟹は割合に利益
は加藤忠吉を停車場の二階なる會計部に訪問し、樺太から着て來た銘仙の衣物と羽織とをこツそり賣つて貰ふ
、新らしい木材の音までも近く聽える。渠には、樺太トマリオロの奧なる石炭鑛を見に行つた時に、初めて意識して吸つた
「北海道や樺太へは、然し、出直すより仕かたがない。」かう考へて、義雄は大通り
革鞄一つが荷物のすべてだが、その中には、樺太と北海道とに關する調査、見聞、感想を控へた手帳と、「悲痛の哲理
詰つて止むを得なかつた。それにつけても、樺太まで出掛けて折角やつた事業の失敗が殘念であつた。それも人を信じ
した。そして考へて見ると、如何にも、自分自身では樺太から北海道に於けることが一むかしも以前の如く見えてたのは、自分
も亦熱心になつて來たやうであつたから、若し樺太に於ける來年の方針さへ立てば、敷島をつれて再びあツちへ渡り
峰の雜誌社の前通りにあつた鐵工場や自分が樺太へ持つて行つた蒸し釜のことが思ひ出された。それに、また、自分
ツとかつ/\に暮して行つてるのであつた。樺太へ行きがけに立ち寄つた時にはお互にそんな話に觸れなかつた
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「北海道には、あんな素姓の分らぬ女がすくなくない、さ――當てになら
、なア。」口を圓めて笑ひながら、「然しまだ北海道は大きな働きの出來ないところだ。」
考へないでもないが」と、呑牛は云ふ、「北海道に十五六年も住み慣れると、矢ツ張り、この田舍がいい樣
「實際、君」と、氷峰も義雄に、「北海道に來て、一度新開地の味を知つたら、なか/\忘れられない
味が出かかつて來たところだ。」かう云つて、北海道に來てから感じた――而もそれが渠の刹那々々の生命に吸
時期――僞りなき自我の天地――かう云ふ風に北海道を考へて行くと、自分が失敗と蹉跌との爲めにここに踏みとどまることが
歸らなければならないのかと思ふと、渠には、北海道のみづ/\しいのに比べて、おやぢ臭く思はれる内地が目のあたり、脊の
、王子製紙などがあの樣に手を廣げて行つたら、北海道の山林は、ここ十年も立たぬうちに、見す/\平らげられてしまふ
、それを探檢したらどうだ?」かう云つて、北海道には獸類で鹿と狼とがゐない如く、樹木では桐がないこと
相違ないのだ。然しいまだにどこか分らないので、北海道中の金儲け熱心家の間に、一つの疑問となつてをる。――
を考へた。お繁さんは大した美人でもないが、北海道的な色白で、脊が高く、固肥りに肥つてゐる。その精力の強
燒け跡に、また新築中であつた北海道聽の建て物は、いつのまにか出來あがつてゐた。そこを通り
も見えない。そのにほひが、義雄の初めて札幌並びに北海道に親しむ一つの手づるであつたのに――
乾燥して、實に清新だ。非常に氣持ちがいい。北海道の冬は却つて健康にいいよと、曾て札幌から東京へ歸つて來た友人
義雄もその方に向き、おもさうに地上に直角に下る北海道のおほ雪――それが、もう所謂消えない寢雪だ――を見て
か、渠の前後左右から、お前の樣なものは早く北海道を去れと迫るかの樣に、渠の洋服にまとひつくのだ。
これツ切り、行き倒れになつてもかまはない!」然し北海道で死に恥も生き恥もさらしたくないと思ふと、如何に季節上の事情を實際
、弟や從兄弟をそのままにして置くのは、北海道よりも早いおほ雪の中で、渠等を進退に窮させるばかりだ
然し渠は、北海道生活を初めてから、今日ほど、すべての幻影を攝取して、自己の悲痛と
そんなことをやつて貰はなければならなくなるとは、北海道に於ける新聞記者のなれの果て見た樣ぢやないか?」
北海道の天長節には毎年必らず雪が降ると氷峰等から聽いてゐたが
「時に、どうぢや――北海道の雪には面喰らつただらう?」
「北海道では、これからまた活動期に入るのぢや。降雪期の活動はおもに山林
「若々しい北海道!」この印象が再び義雄の胸に刻みを深くした。これと同時に
が通つても分らないし、自分等もぬくい――北海道の雪はしめり氣がないから。――僕等のもツと若い時に
もあるところから、一丈ばかりの雪を泳いで――北海道では、雪を泳ぐといふが――やつて來た時はその手足は
「若々しい北海道! 活動の好時期!」かう云ふ考へを思ひ浮べると、自分の想像はまだ
「北海道や樺太へは、然し、出直すより仕かたがない。」かう考へて、義雄
に立つて、その石文を讀んで、自分自身とも思はれる北海道なる物の年齡を數へて見た。
たツて、實はありがたくもなかつたのだ――寧ろ、北海道で苦しめられても、何か一つ仕事を發見したかつたのだ
つが荷物のすべてだが、その中には、樺太と北海道とに關する調査、見聞、感想を控へた手帳と、「悲痛の哲理」の
「あんな無謀な氣儘者は北海道の雪に凍え死ぬくらゐの目に逢うて見なければ、直らんと、さ。
へ行つたのか分らなかつた。うわさに據ると、北海道で隨分よく開墾に成功してゐたが、持ち前の性分の爲めにまた失敗
か、少しはおそれた氣味も見せながら、皆が皆北海道の雪を脊中にしよつて來たかの樣に冷淡で、一言たりとも同情
た女中に再び床を取らせながら、この紀州に生れ、北海道に育ち、東京でこちらを捕へるまでにも、そして一旦棄てられながらも、
。そして考へて見ると、如何にも、自分自身では樺太から北海道に於けることが一むかしも以前の如く見えてたのは、自分の現實
の小説界にその人ありと知られたる田村氏は、北海道より歸京の途中、同伴の一美人が病氣の爲め當市に下車し、一昨
ず、からだの精魂は拔けてゐて、その上にも北海道に於て熊や眞蟲よりもずツと恐るべき雪と寒さとにう
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と、お鳥も負けない氣になり、「また、あの有馬に馬鹿にされようとおもて。」
を思ひ出し、それを一材料にする爲め借りて來るつもりで有馬の家へ行く。
「それでも、今、あの有馬のおやぢが病院へ來て、あたいを應接室へ呼び出し、下らんことを云ふ
、また義雄を叩いたり、つき飛ばしたりして、「今、有馬へ行て來たと云ふぢやないか、同じ樣なことを云はれたの
ないからでもあらうと思ひ、暫らく氣を轉ずるつもりで、有馬から受け取つて來た東京の雜誌を、手近にあるままに、取つて見る
義雄は車で時間を少し早く出て、先づ有馬の家に行つた。その途中にあつたアカダモの親しい木――それは數
「早く來ようとおもても、あの有馬のおやぢがまた下らんことを云うて――しかづめらしく、分り切つたこと
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鳥が曾て語つたことを思ひ出してゐた。かの女が旭川に父と共にゐた時のことだ――今、由仁にゐる兄の
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て、直るどころか、なほ惡うなつた。それから、牛込の病院へ通つたて、遲かつたではないか? 慢性になつて
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に出して呉れるのである。そして、その實、社は川崎の物だとすれば、もし衝突して追ひ出されたりなどすると、その
「川崎は、もう、駄目なのか?」
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隅田川の景色もあれば、大森の八景園や鎌倉の大佛もある。男生徒と女生徒とが田舍者の夫婦に假裝して、
も若返りの樂しみに一杯になつただらう。そして、鎌倉の宿に於いてかの女が如何にも妖艶な微笑を以つて、「ほんと
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さして行つたのは小石川なる▽▽と云ふ友人で、文學も好きであるが、その本職は別に
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ふと、渠は肝心のお鳥をさし置いて、曾て本當の吾妻橋の上で、――自分の敬意を戀愛に轉じて思つてたをんなと別れ
結婚するといふ日の前夜、渠は二人と共に吾妻橋の上で別れの言葉を述べ合つた。それも、お互ひに變な
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無關係な土地へは下車できなかつたのである。盛岡市には自分がさきに○○商業學校の講師であつた時に頼まれて
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美しい幻影が破れた樣に、渠の空想してゐた札幌市中の樹影の美觀が滅してしまつた。
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經驗を、さきには東京に於けるお鳥、最近は札幌に於ける敷島によつて得た。云はば、有形的な事業や渠の
お鳥は、最後に札幌に着した日から入院して、義雄の下宿にとまつたことがない。
も紳士になつたと云はれるまでは、意地づくでも札幌に喰ひついてゐたいのだ。喰へないで逃げたと思はれるのは、
に、「いツそ、ずツと格を落して、札幌に襤褸會社を起して見たら、どうぢや?」
―は、まだゐるか知らん? もう一度、あの、札幌を代表する百姓馬子等の呼び賣り姿を見たい。今一度、鐵工場の
、影さへも見えない。そのにほひが、義雄の初めて札幌並びに北海道に親しむ一つの手づるであつたのに――
がいい。北海道の冬は却つて健康にいいよと、曾て札幌から東京へ歸つて來た友人が語つたのは、乃ち、これだ、な
ほかの人がやつて呉れるし、天聲の地位が兎に角札幌ではいい方ぢやから、成り立つかも知れん。――あれがうまく行けば
「大して賑やかでもありません――東京から見ると、札幌は丸で田舍です、ねえ。」
つき當つたところが豐平川で、それを札幌から豐平町へ渡す鐵橋は、昨年のおほ水――札幌も半ば浸水
豐平町へ渡す鐵橋は、昨年のおほ水――札幌も半ば浸水し、石狩川の沿岸はすべて大害を被つた――の時、
川床を札幌の方へ出るにはどうしても一つの細い流れを渡らなければなら
かうして、義雄は、親しみの深くなつてた札幌から、舅の好かない婿養子の如く、追ひ出されたのである。
「‥‥‥‥」義雄は自分が札幌へうツちやつて來ようとまで、一度は決心したところの、そしてかの
でもそこにゐるといふ話もあつたから、こちらは札幌に於いて渠を時々思ひ出さないでもなかつたのだ。
に見てゐる方へ顏を向けて見せてから、「札幌を出た時から工合がよくなくツて、船や汽車に醉つた氣味も
かの女に札幌へ追ツかけて來られてからも、渠は性的關係をかの女に求め
女が息づまるほどその痛みを苦にすると云ふことは、札幌に於いて二度目のたうげを經過してゐるし、東京に於いて女房
は一度かの女から逃げた經驗があるので、また札幌へ置き去りにもしかねなかつたので、いよ/\どうにもならぬと
ツぷり顏を洗ふのが、それでも、雪ばやい札幌の下宿に於けるけちな化粧湯よりもらくであり、また氣もちもよ
間に在つて、渠は先づ第一に思ひ附いて、札幌で一番親しくした氷峰へ電報を打つた。
になつた。尤も、時間も大分おそくなつてゐた。札幌からの返電がまだ來ないので、こちらは向ふの今困つてる事情を
の費用を心配しなければならぬやうになるまでは、札幌に於いては一とき、そんな氣持ちが續いて、五晩目が三晩目
だけのことを仕飽きた報いの無慾を、お鳥は札幌以來却つて結句安心なことにしてゐた。こちらも亦その方が、東京
「ぢやア、どうだ、ね――今一度札幌へ立ち歸つて、あの川で例のやりそこねた心中をやり直さうかい?」渠
取り返した。それを東京に置き忘れたやうになつて、札幌の女にかよひ詰めた。今度はお鳥の方からやつて來た
して!」かの女だツても、さうであらう。札幌の病院に於いてかの女が東京と二三度通信をし合つた男―
/\降り出してゐた。やツと免れて來た札幌の、冷淡にも寒い光景が再び思ひ出された。この盛岡の少しでも賑やか
今夜も來ず、そしてあすから見限られては、こちらは札幌を出た時よりもまた一段と見じめな状態ではないか? どちら
のに失望して、早くから床に這入つてると、札幌の氷峰からの手紙が屆いた。
ある。考へて見ると、ここへ下りたのさへ――札幌の友人が云つて來た通り――失策であつたかも知れない。一番
札幌に於ける宮さんのことなども報告して、久し振りに少し心を落ち附け
な寂しい微笑をもらしながら、「お女郎にでも僕は札幌で本氣になつたんですから。」
の母も細君も、死んだ實母も、お鳥や札幌の敷島も、お宮さんも東京にとどまる自分の妻も、渠にはすべて
見た。乃ち、例の自分獨得の哲學論で、札幌に於いて既に六十枚ばかりを書いてあつた。これでも早く書き上げて取れる
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禪と云ふものは、僕は松島でもやつたし江州の永源寺ででもやつたが、すべて野狐禪に終ると僕等は見爲して
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まいぜ。」かの女がこちらといさかひの末、芝公園のからす山で縊死しかけたのを助けたのもこちらの思はず出くわし
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た。そして、森本春雄に別れる時頼んで置いた通り、小樽へ手紙を出したり、電話をかけたり、また手紙を出したりした。
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その一瞬間に自分の胸が煮えくり返つた。かの女は和歌山縣の小學校で同僚としてくツ附き合つたが、どすかおん坊
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渡る時、かの女は非常に船に醉つたので、青森で上野行き列車の出發を待つ間に、少しも食事はせず、
それまでは、まだしもよかつたが、函館から青森へ海上を渡る時、かの女は非常に船に醉つたので、青森
青森からまた汽車に乘る時、腰をかける場所もないほど多數の乘客で
寒さで風を引いたのであらうと思ひながらだ。青森を離れてからこちらへは雪は見えないし、さう寒くもないが―
近よせると、かの女は直ぐそれへ白い物を出した。青森で飮んだ牛乳らしい。他の乘客に見えない樣にそれをかこつ
ほ雪となつたのがいけなかつたのだが、青森に來ると地上が僅かしか白くなつてなかつたし、ここぢやアまだの
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「餘り惡いやうなら、盛岡か、どこかで降りてもいいから、ね」と、お鳥に注意
盛岡へ段々近くなつて來た時、また見舞つて見ると、お鳥の車中
のことで起つたお話しなら、長くとは申しません、盛岡でおろしますから――どうかそれまで。」
「盛岡でおりるかい?」
「では」と、こちらはボーイを返り見て、「盛岡でおろしますから、それまで頼みます。」そこを出がけに、今一度川本
はその後川本がどうしたか知らない。今度の驛が盛岡だといふので、その車内を去つて、お鳥を下車させる仕度
「ええ、盛岡ではまだ雪は積みません。けさ、ちよツとちら/\しまし
札幌の、冷淡にも寒い光景が再び思ひ出された。この盛岡の少しでも賑やかな部分を散歩がてら見て來ようと考へてた心
しても、前から分つてる病氣ではないか? 盛岡へ下車したのが君の一大失策だと思はれる。願はくはこの忠告
けれども、若しかの女が盛岡に於いてかの北斗にでも關係がつくと、もう、こちらは―
渠は手を延ばしてそれを奪ひ取り、その中から封筒と盛岡からまわつて來た電報とをぬき出し、この二つをかの女の膝
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「下谷でしよう?」
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勢ひづいた鼻さきを折られる樣な經驗を、さきには東京に於けるお鳥、最近は札幌に於ける敷島によつて得た。
てからも、隨分出したのは分つてゐるが、東京の
「お前だツて、東京ぢやア、まだ田舍ツぺいだ。」
「そんなら、あたいが通ると、東京の人が年寄りでも見かへるのはどうしたわけだ?」
。これで、義雄は自分以外の關係者が、自分の東京出發後、もしやあつたかとも思はれたその證據を實際に
。そして、あれ位の才能があれば、碌な記者の少い東京に出ても少くとも筆の上だけでは決して後れを取るまいといふ
、默つて聽いてゐた義雄が口を出し、「東京へ出る氣がないのだ?」かう云つて、渠は以前から疑問に
「ああ、いやだ! いやだ! 僕は東京へ歸りたくは無い」と叫んで、渠は兩手であたまを押へたまま
自分その物になつてしまつた。そして、その時、東京から同室であつた一婦人が或停車場で降りると、自分の一部を失ふ
義雄がさきに東京を乘り出した汽車の上で、退屈と疲勞と睡眠不足と臨時習慣性と
新聞を義雄に取つて渡す。見ると、文藝欄で東京の「文藝革新會」の提燈を持つてあつて、別に同會
のつもりでか、ほどき物をしてゐた。義雄が東京で買つてやつたセルの衣物を被布に仕立て直して呉れいと云つて
。北海道の冬は却つて健康にいいよと、曾て札幌から東京へ歸つて來た友人が語つたのは、乃ち、これだ、なと
義雄は渠の方を見て土間につツ立ち、「東京へ歸ります。」
「これが東京なら、もう、これツ切り、行き倒れになつてもかまはない!」然し
ならないとして、疾くに、今年の仕事を切りあげ、東京などへ、來年の發展もしくは契約の爲めに出かけてゐる筈だ。まして、
東京へ歸つてやると、今度こそはいよ/\決心したが、義雄は
なかつた。あれを徹夜してでも一生懸命に書きあげ、東京へ送り、無理にでも一時の立て換へをして貰はうと
だ。釋宗演が――無論、くそ坊主だが――東京帝國大學派の哲學會で、『悟道とは何ぞや』といふ
なら、おれだけでも東京へ歸つて工面する、さ。東京へ歸りさへすれば何とか出來よう。」義雄は暗に自分ばかりの歸京を
かするよ――まツこと困るなら、おれだけでも東京へ歸つて工面する、さ。東京へ歸りさへすれば何とか出來よう。
「ここにをつて、工面すりやえい、――東京へ行たら、また病院にも這入れないにきまつてる。」
お鳥の色白い、堅太りの肉――それを義雄は東京で引き受けたのだ――の段々痩せて來た姿ばかりがあはれにも
、暫らく氣を轉ずるつもりで、有馬から受け取つて來た東京の雜誌を、手近にあるままに、取つて見る。
した論著、「新自然主義」の要領である。渠は東京に於いて口が酸ツぱくなるまでもそれを論議し、友人等も
ないのに失望すると同時に、自分はそんな頼母しくもない東京の文界へ再び舞ひもどる氣がしない。
にこつきながら、「林檎を送つてやるからと云うて、東京の友達から送つてもろたのぢや――ゆうべ屆いた。」
「大して賑やかでもありません――東京から見ると、札幌は丸で田舍です、ねえ。」
「あなたは東京を見ていらツしやるから、いいの、ね。」
」と、苦い顏でだが氣取つた調子で、「東京も、もう、いやになりました。」
渠は、東京にゐた時から、勞れるまでは、曉がたの三時までも、
/\云つて通るのと同じ構造だ。つまり、義雄に東京の吾妻橋を思ひ起させるのである。
に這ふやうにして渡つたと云ふ。かの女が東京で一度女優になる氣でゐた時、こちらの前でその場合の
ぢやないか?」かの女は泣き聲だ。きのふ、東京から屆いた蒔繪の櫛を云ふのだ。
病氣とは知らず、まだ脚氣ばかりだと思つて)東京で治療させるからと云ふのだ。これをしほに、お鳥も歸京
だ。いよ/\お鳥を貰ひたいから、直ぐにも東京へ歸つて來て貰ひたい――病氣などは(勿論、今の樣な
「ぼ、僕も、東京へ、ゆ、行くよ――ら、來年から、しゆ、出版屋をやるか
「田村が自分の忠告を容れないのだから、東京の細君に對しても申しわけがない。もう友人でないと、さ。」
然し氷峰や天聲の餞別を入れても、二人の東京まで歸る汽車賃は出ない。義雄は仙臺までの三等切符を二枚
にもさきにもこれが初めてである。そしてこれが若し東京に於いてかの女との關係のつき初める時に於けるかの鎌倉行き
東京へ向ふやうなものである。いや、別れる爲めに、東京へ行つても自分は早くかの女の病氣を直してやらねばなら
が、今や自分らは別れる爲めに東京へ向ふやうなものである。いや、別れる爲めに、東京へ行つても
まで、一度は決心したところの、そしてかの女自身も東京に行けば別れようとしてゐることが分つてるところの女を、なんで
があつて、久し振りで面會の挨拶が終はると、東京に於ける義雄の妻の顏をよく知つてた北斗は、ここに違
「無論、東京へ歸つたら、何とかして必らず返すつもりだが――君も
床を取らせながら、この紀州に生れ、北海道に育ち、東京でこちらを捕へるまでにも、そして一旦棄てられながらも、そのいろ/
に於いて二度目のたうげを經過してゐるし、東京に於いて女房に直せと云つて一度あつた如きかの女からの刃物
汽車賃をもおれが使へば、丁度眞ツ直ぐに東京までおれは歸れた勘定だが――こんなところの病院などへ寄り道しない
なことにしてゐた。こちらも亦その方が、東京に於ける或時期などとは違つて、却つて面倒でなかつた。
だが毒を飮ませまでして一旦取り返した。それを東京に置き忘れたやうになつて、札幌の女にかよひ詰めた。
にだらう。「お前などの女房にならんでも、東京にはえい奧さんにしてやると云うて呉れる人がある」と
こちらに分らない親しみができたらしい。それが今一度早く東京に歸つて來たら、何とでもしてやると云つて來たのだ
もかの女はこちらへうち明けなかつた。が、こちらの東京出發前に、かの女の學ぶべきことを寫眞にきめてやり、そこの
、さうであらう。札幌の病院に於いてかの女が東京と二三度通信をし合つた男――それが寫眞學校の先生か、
がない。何とか外の方法を講じて、兎に角早く東京へ歸るやうにし給へ。多少はひどかつたとしても、前から
「‥‥‥‥」東京の例のところへだとは直ぐ想像できたが、わざと方角を換へ
矢ツ張り仙臺でもかねはできぬ。どうしても東京で工面するより仕かたがないから、直ぐまた出發して歸京するが、
ばかりを毎日じり/\と叱つてて。」もとは、東京に於いて、その實子よりもと思はれるほどこちらを可愛がつて呉れた
考へて見てもだ。「今度こそ、おツ母さん、東京に歸つたら、もう、何をするにしても落ちつくつもりです。」
と云ふ藝術を一生の仕事にしよう。早く東京へ、早く東京へ!
ツ張り、文學と云ふ藝術を一生の仕事にしよう。早く東京へ、早く東京へ!
母も、お鳥や札幌の敷島も、お宮さんも東京にとどまる自分の妻も、渠にはすべて今やいちやうに淨化し
渠は自分の東京なる麻布の家に到着して見ると、當然豫期はしてゐながら
東京の夜も既に思つたよりもなか/\寒くなつてゐた。
れて來たので分つたのだが、さし出し人は東京のものである證據には、「小石川」局受け付けになつてあつて、
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「あれは、秋であつた――千住の方から、圓い澄んだ月が登つたツけが――」然し、
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は、前後させながら、もとの所天のことやら、巣鴨女學校の不始末な終りやら、そしてこちらはまた今囘の事業の失敗やら
次ぎに、巣鴨學校の美髯校長がゐる。お宮さんともとの所天、また今の
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、かの女は非常に船に醉つたので、青森で上野行き列車の出發を待つ間に、少しも食事はせず、ただ牛乳
と書いたのを、そのおもて書きのだけ塗り消して、「上野停車場前の○○と云ふ宿屋にをります。待つてますから、この手紙
女から取り上げ、自分で封をして、鉛筆で以つて上野の宿屋かたの宛て名を書き、おもて裏には自分の姓をひら假名で
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隅田川の景色もあれば、大森の八景園や鎌倉の大佛もある。男生徒