大阪 赤坂 神戸 山形 京都 秋田 東京 銀座 目黒

　よかったわ、間にあって……ちょいと咲子さん、昨日、大阪から久能志貴子がやってきたの。しっかりしないと、たいへんよ……ええ

だから、うんと、とっちめて、昨夜のうちにでも大阪へ追い帰してやるつもりだったの……銀座のボン・トンで。なまじっかな場所

放っておけないことになったから、近いところで、むりやり赤坂の陶々亭へひっぱって行って、支那卓の前へおしすえたものなの

」なんて、のんびりしたものなの。おぼえているでしょう。神戸にいるころは、朴とかいうボクサーくずれに入りあげて、耳のうしろ

ですのン。何年前でしたか知らん、いちど神戸でお目にかかってます」てなことをいって、お辞儀をした

たような青砥色の地に、くすんだ千歳茶の斜山形が経つれの疵みたいに浮きあがっているの。袖付や衽の皺が、

行きついたというわけ……ほら、昭和十何年かの京都の知恩院の大茶会に、鴻池可津子がたった一度だけ着たというあれ

いるうちに、いつだったか、千々村がいっていた秋田の蕗織なんだと、やっとのことで行きついたというわけ……

……誰だっておどろくわ。どんなことがあったって、東京へなど出てこられる顔はないはずなのに、そこが志貴子の図々し

厚顔しく電話なんかかけてこれる義理はないのよ。だいいち、東京へ出てくること自体、あまりひとをバカにした話でしょう。木津さん

ておじぎをしたでしょう。あのいきさつを考えたら、かりに東京へ出てきたって、厚顔しく電話なんかかけてこれる義理はないのよ。

お助けいただいたご恩にたいしても、生涯、志貴子は東京へ出しません。おやじの私がお約束するって、畳に両手を突い

、一日一日がたっていくだけですねん。でも、東京いうたら、いつ来てみても、なんやしらん、ざわついてますねんなァ

いうならともかく、まだブラブラしているんですから、あんた、東京なんかへ出てこられるわけはないのよ。ひとのことはどうでも

ひきうける義理はなかったんですけど、あんたのお父さまが、わざわざ東京へ出ていらして、木津さんの思召しはありがたいが、先々代からの係り

殊勝なことだけど、それほど謹みのあるひとが、ヒョコヒョコ東京へ出てきて、あたしたちに迷惑をかけるのはどういうことなのかしら。

、いちどお礼にあがらんならんところでしてんけど、東京方面では、うち、盲腸炎で死んだことになっていて、みなさん

をなんなりやったらええ、思うようになりましてん。こんど東京へ出てきたのンも、動いているのンはうちの身体です

。木津さんは、ひっこんでいるからいいようなものの、銀座あたりで、二人がひょっこり逢いでもしたら、あんな大嘘をついた手前、

うちにでも大阪へ追い帰してやるつもりだったの……銀座のボン・トンで。なまじっかな場所だと、かえって目につくから、ざわざわ

そうなのよゥ。銀座のような手軽なところへ呼びだされたのが心外だ、という意味で

するのもなんですから、ごいっしょに夕食でもいかが。目黒の松柏園なんだけど、どうかしら」