金狼 / 久生十蘭
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日前に東京へきたと口をすべらしたろう。……大阪で銀行襲撃があったのは、絲満事件のちょうど五日前だ。…
な(葵の顔を見ながら)……六月一日に大阪で起った銀行襲撃事件ってのを知ってるかね?」
大阪へつくと、その夜、まるで宿命説のように過去の因縁に逢着した
獲得するために銀行襲撃を計画していた。久我は大阪の事情に通じていたので、勢い企画に参加することになった。
ジロリと見あげると、「久我ってのはね、この間の大阪の銀行ギャングの共犯なんですぜ。正体は岩船重吉という、そのほうの
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ちょうど十年ぶりで帰ってきました。支那では、香港、漢口、北京という工合に転々としていたのです。最近の二
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ね。……それで、そんなことをやってるうちに、北海道の北端の、例の留萠築港の大難工事が始まった。すると、南風太郎
ね、職員録を繰って見たが、京大阪はおろか、北海道庁の警察部にも、久我千秋なんて特高刑事はいないそうですぜ。官名
復習って見せようか。……大正七年の六月に、北海道の北の端れで、稚内築港の名代の大難工事が始まった。すると絲
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いてね。これが、殺された南風太郎と同じく、琉球の絲満人なんだ。東京へそれを連れてきたのも南風太郎だ
ように暮していたこともあるんだ。こいつは、琉球で小学校の先生までしたことがあるんだが、いまはもうさんざんでね
の加害者だと思っているわけではない。本庁では琉球か朝鮮の人間の犯行だと見当んでいるし、洲崎署では区内の前科
すると、南風太郎は自分の郷里から、二百人あまりの琉球の人間をだまして連れだしてきて、これを道庁の請負の大林組へ、一人
アパートの女将の朱砂ハナというのは、琉球の絲満の生れで、ついこの頃まで洲崎のバアで女給をしていた
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があるんです。……あいつはね、もと毎年カムサッカや択捉へ出稼ぎに行っていたんですよ。なにしろ、もとは、絲満の漁師
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くると、久我と葵は新聞記者の那須の紹介で、淀橋の浄水場裏にある〈フレンド荘〉という安アパートへひき移った。派手すぎる久我
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日ほど前に起った銀行ギャングの犯人の一人が、けさ名古屋で捕ったというので、全市の夕刊の三面はこの事件の報道
ところが、久我が神戸へ着く五時間前に、石原が名古屋で捕まり、仲間といっしょに上海へ逃げるつもりだったと自供したので、
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「俺のほうもそうなんだヨ。……富岡町の支那屋で雲呑を喰ってると、そこへ電話がかかってきたんだ
たんだ。……ちょっと面白いことがあるんだね。富岡町の〈金城〉ってバアの女給に、朱砂ハナ、ってのがいてね。
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「要するに、……敦賀を頂点にした三角形の内部だ」
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只今は麹町〈南平ホテル〉に泊っております。もとは青島の貿易商会につとめておりました。現在は無職……失業中なのです
ですよ。……大阪外語の支那語科を出ると、青島の大同洋行へはいったんですが、どうもサラリーマンてのは僕の性に
「青島は?」
から青島へ行く貨物船の定期航路があるはずだからそれで青島までゆく。あとはなんとかなるつもりだ」
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でも、もうすこしの我慢だよ。夜があけたら、府中の町でこの万年筆を売ろう。一日喰べる位の金はくれるだろう。……あと
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きたんだよ。……こんども台湾なんぞじゃない、関西へ飛んで行ったんだ。……ひとりは今朝捕まったが、共犯の中村
「こんな風に関西へ陣地をしいたら、こんどは東京のほうが手不足だろう。……ひとつ、
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で山奥へ行く気はないか。……僕の友人が上高地のずっと上で、たくさん牛を飼っている。やってこい、やってこいと
をいやになったりしないでね。……それから、上高地へ行きましょうね。出来るだけはやく。……こんな神経質では、あなたを困らせるばかり
逃さなくては。……乾にきかれてしまったから、上高地はもう駄目。……むかしあたしがいた五島列島の福江島……、あそこ
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〈10銭スタンド、那覇〉と書いてある。
「那覇」、絲満南風太郎方。
ときはうれしかったね。……ほら、前の晩に〈那覇〉へ酒をのみにきたモダン・ガールがあったろう。……てっきり、
の間を駈け廻っていたんだ。それから、〈那覇〉の常連とあのへんの地廻りを、ひとりずつ虱っ潰しにして見
丁目の自分の下宿から、店へ出掛ける途中、一二度〈那覇〉へ顔をみせたことのある、山瀬組の小頭ってのに逢って
こいつを追及するのに躍気となってるんだね。〈那覇〉のボーイのほうは、いかんせん、すこし低能でね、自分が見
葵が〈那覇〉で、はじめて久我のとなりに坐ったとき、彼女はまず、端正な久我
ていたのだった。警察では殺人の前夜に〈那覇〉へ現れた女も、古田子之作へ遺産相続通知の電話をかけ
〈那覇〉の男が、どうもこの女ではありません、と証言し、
は、警視庁の連中ががんばっていて、いま、〈那覇〉の男と、乾と、古田を調べています」
「……もっともあなたばかりじゃありません。あの朝、〈那覇〉に集った連中は、みんなよばれているんですよ、新聞記者の
に曖昧なところが出てきたんだ。……〈那覇〉の奴がようやく今日になって言いだした。……そういえば、
ご機嫌でね、……君、加害者はやっぱり、あの朝〈那覇〉へきた五人のうちの一人なんだ。見てたまえ、
しかしその存在は肯定されていた。智能不全な〈那覇〉のボーイの幻視ではなかったのである。〈その女〉を認め
犯罪の前夜、〈那覇〉に現れたという、二十二三のすらりとした断髪の〈
の祝いの席に連なるものは、いきおい、あの朝、〈那覇〉で逢った連中のそれ以外ではなかった。西貝計三、乾老人、
それを睨めまわしはじめた。西貝、古田、久我、葵、〈那覇〉のボーイ……、絲満事件の参考人や容疑者たちの写真である。
ば、ちょっと思いあたることがある。……あいつ、あの朝〈那覇〉で、なにげなく四日前に東京へきたと口をすべらしたろう
「午前二時ごろ〈那覇〉の、……いやさ越中島であんたを見かけたってやつがあるんだ
課はとうとう真犯人を袋小路へ追いつめてしまったようだ。〈那覇〉の前の空溝のなかから思いがけない手懸りが発見されたので
を借りて貰い、それを着て十時十分頃〈那覇〉へやってきた、このときボーイがそのうしろ姿だけ見ている。…
にすれば、そんな板額は、その夜、深川にも〈那覇〉にも現れていません。すると、必然的に、加害者はCだ
いて、しかも十時すこし前に古田君と連れ立って〈那覇〉を出て門前仲町まで行って、そこで別れている。加害者がクレープドシン
が蛤橋の袂で出逢って、十時すこし前まで〈那覇〉でいっしょに飲んだという十八九の、小柄な美しい娘。…
います。……第一はその前夜の十一時頃〈那覇〉へ飛びこんで来て絲満と酒をのんだという、ボーイが見
まで、ちゃんと自分のアパートにいた。のみならず、〈那覇〉のボーイが、この女ではない、と断言した。うしろ姿だけ見
です。……仮りに、あの夜私が女装して〈那覇〉にいたとしても、それだけでは私が殺したという
必要だからです。……だから、犯人はあの朝〈那覇〉へ集った五人のうちのだれかだと言えるのです」
は絲満が殺された夜の一時ごろ、たしかに〈那覇〉まで出かけた……しかし、天地神明に誓って、殺したの
思うだろうが、実はあの晩、僕は女装して〈那覇〉へ出かけているんだ」
たっても何事もはじまらない、痺れをきらして、そっと〈那覇〉へはいりこんだ。二階に部屋がある。手さぐりで入ってゆくと、
洲崎のおでん屋で二時すぎまで飲んで、それから〈那覇〉へ出かけた。すじ向いの古軌条置場のかげに隠れて待ってい
……さっきも言ったようにもう二時間もすれば〈那覇〉というところで、なにか犯罪がおきる。これを予知しているの
長いソワレを着、乙にすました顔をしてまたぞろ〈那覇〉へとってかえす。見ると、ボーイがまだいるから、こいつは失敗った
〉へ行く。ボーイが帰り仕度をしかけるのを見届けて〈那覇〉を出る。門前仲町で古田とわかれ、〈金城〉の二階へ駆けあがる
案の定、古田という馬鹿がひっかかった。それをとりまいて〈那覇〉へ行く。ボーイが帰り仕度をしかけるのを見届けて〈那覇〉を出る
願っておく。……四の日と七の日が〈那覇〉のボーイの昼番だから、いよいよ六月の四日にやろうということ
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家庭教師の生家だった)二十一の春までそこで暮らし、神戸のダンス・ホールで二年ちかく働き、二た月ほど前に東京へ帰っ
「いいか、これからすぐ神戸へ発つのだ。七時三十分の汽車。あと二十分。金は?
「この茶色のほうを神戸まで持って行くのだ。渡したらすぐ帰ってこい。こっちの白いほうは
神戸へついて六日以来、この空は灰色の雲にとざされ、夕方に
行くといい、途中で上海に変更されたといい、神戸へつくと、すこし重大な事件が起きたからここですこし活動しなくて
神戸から帰ってくると、久我と葵は新聞記者の那須の紹介で、淀橋
遺産相続の通知をした「あの女」の声だ。神戸のトア・ホテルでもそう思った。あの時は気のせいだろうと打ち消し
神戸から帰って以来、久我は毎朝警視庁へゆくといって家を出ると
へ行く道は全部閉鎖されてしまった。そのうちに神戸にいることも危険になったので、また東京へ戻ってきた。
へ逃走するつもりだったのである。ところが、久我が神戸へ着く五時間前に、石原が名古屋で捕まり、仲間といっしょに上海へ
二月まえに葵をつれて神戸へ行ったのは、そこで石原らとおちあって、いっしょに上海へ逃走
「じゃ、神戸のときも僕をつけてたの?」
に、どうやら久我にうしろ暗いところがあると見込んで、神戸くんだりまでおハナさんを尾行てやってアラ拾いをさせる。銀行ギャングの
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多少まとまった金が手にはいる。それで小樽までゆく。小樽から青島へ行く貨物船の定期航路があるはずだからそれで青島までゆく。
まで行けば、多少まとまった金が手にはいる。それで小樽までゆく。小樽から青島へ行く貨物船の定期航路があるはずだからそれで
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一、深川区枝川町二二五番地。
「古田子之作。深川区富岡町二一七。〈都タクシー〉で働いております」
です。(と、愛想笑いをしながら)……僕が深川の浜園町に住んでいた頃、よくあそこへ飲みに行ったことがある
…若い女が、夜半に非常梯子をおりて、新宿から深川までゆき、人を殺してきて、またそこから部屋へはいる。……
。あわてて一丁目の角を右に曲って、一直線に深川塵芥処理工場の方へゆく。そこの近くにある曲辰の材木置場の
の陳述を基礎にすれば、そんな板額は、その夜、深川にも〈那覇〉にも現れていません。すると、必然的に、
か、それ以外には道がない。……いったい深川というところは、まるでヴェニスのように、孤立した島々が橋だけで
で囲まれた四角形の島です。この島を出て深川の電車路へゆくには、この蛤橋を渡って浜園町へ出るか、
で残ることになった。のみならず、忽然として深川の一角で消滅してしまったというんだから、なかなかただもんじゃない
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背広に、朱の交った黄色いネクタイをかけ流していた。銀座でもあまり見かけないような美しい青年である。
「銀座にいた」
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半月ほどまえに、はじめて東京へ出てきまして、いま新宿の〈シネラリヤ〉ではたらいておりますの。……きのうの朝、十時
「雨……雨田葵……只今、新宿の〈シネラリヤ〉で働いております。……四……四谷区大木戸二
酒鼻が無造作にこたえる)東都新聞の演芸記者。四谷区新宿二丁目五十八。当年三十七歳」
夜風に胸を吹かせながら、あてもなく、またぶらぶらと新宿の方へ戻りはじめた。
「七時。新宿の〈モン・ナムウル〉」
。……若い女が、夜半に非常梯子をおりて、新宿から深川までゆき、人を殺してきて、またそこから部屋へはいる。
に、若い新聞記者の那須が一枚それに加わった。新宿の、〈天作〉という小料理店の離れ座敷だった。
とった。果して久我だった。きょうの午後、那須たちと新宿の〈磯なれ〉で逢うことになったから、晩飯にはすこし遅れるか
庭の胡麻竹が、省線が通るたびにサヤサヤと揺れる。新宿劇場の近くで、〈磯なれ〉という小料理屋の、いかにも安手な離れ
用をすましたら、さっさと出てゆかなくてはならない。新宿は近代的な立て場にすぎないのだ。
かくすことも、このなかで悲しみを忘れることも出来ない。新宿は、浅草がするようにひとを抱いたりしない。用をすましたら、
のほうへ曲って、けっきょく駅のなかへ流れこんでしまう。新宿は憂いあるひとの故郷ではない。このなかへ自分をかくすことも、
狭すぎる新宿の通りを、めっきり黝んできた人のながれが淀みながら動いていた
、風がふくたびに海藻のようにゆらめくのだった。新宿の裏町を、号外配達が鈴を鳴らしながら泳ぎまわっていた。
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「あたし、半月ほどまえに、はじめて東京へ出てきまして、いま新宿の〈シネラリヤ〉ではたらいておりますの
たちである。この都会の最も装飾的な要素であり、東京の「遊楽街」の伝説口碑に通暁しているすぐれた土俗学者たち
ここに集まるひとびとは、いわゆる、大東京の通人たちである。この都会の最も装飾的な要素であり、東京の
そのくせ子供のようにも見える、あの不思議な典型的な「東京の女」の顔であった。
久我はこの東京にひとりの知人もなかった。都会の孤独は、久我にとっては、
〈……葵も東京でひとりぽっちだと言っていたようだった、と彼はかんがえる。…
思いきりよくサラリーマンの足を洗って、新聞記者になるつもりで東京へやって来たんです。……僕は上海語も北京語も台湾語
れた南風太郎と同じく、琉球の絲満人なんだ。東京へそれを連れてきたのも南風太郎だし、一時は夫婦のよう
が、しかし、彼女がはじめて久我千秋に逢ったときは、東京でのある悪夢のような一日を除くほかは、やや幸福であった(
ですが、今日は私にやらせていただきます。……東京に馴れぬので、こんな殺風景なところを選びましたが……」
東京へ来たといったのは嘘である。彼女は東京で生れ、そして、そこで育った。
葵が久我に、一ヵ月ほどまえに、はじめて東京へ来たといったのは嘘である。彼女は東京で生れ、そして
ダンス・ホールで二年ちかく働き、二た月ほど前に東京へ帰ってきて〈シネラリヤ〉へ通いはじめた。
二人ながら両親がなく、親戚というものもこの東京に持っていないので、披露式の祝いの席に連なるものは、
二人は大雨のなかを、東京を発っていった……。
日前だ。……事件が起きるとすぐ足どりをたどって東京へやってきたんだよ。……こんども台湾なんぞじゃない、関西
、あの朝〈那覇〉で、なにげなく四日前に東京へきたと口をすべらしたろう。……大阪で銀行襲撃があったの
自身とむかしの家庭教師、志岐よしえだけである。よしえは東京にはいない。いま失踪中なのである。
、じつは大名華族の、和泉家の長女であることを東京で知っているのは彼女自身とむかしの家庭教師、志岐よしえだけである
〈……あたしを東京からひき離して、こんなところへ押し隠すようにしておくのは、すると、
このホテルでは山田と偽名さえしているのである。東京以来、ことにここへきてからの金のつかい方は、すこし度を
東京を出発するときは公用で台湾まで行くといい、途中で上海に変更さ
、こんどは東京のほうが手不足だろう。……ひとつ、東京へひきあげるか」
「こんな風に関西へ陣地をしいたら、こんどは東京のほうが手不足だろう。……ひとつ、東京へひきあげるか」
…では、僕も今晩帰還しよう。……それで、東京へ行ってからの行動は?」
「じゃ、また東京で」
である。六月一日の銀行ギャング事件の迸を恐れて東京へ逃避し、三日のあいだ葵の部屋に潜伏していた。
私はつい最近十年ぶりで日本へ帰ってきた。東京には私を見知っている人間は一人もいません。どのようにも
いるのだが、職をさがすとしても、はじめての東京にはひとりの知人もなく、そもそものキッカケさえつきかねる。考えあぐねて、
偽造の警察手帳が、この逃走に非常な便利をあたえた。東京には思いがけない二つの事件が彼を待ちかまえていた。殺人と恋愛
この計画は失敗し、久我は東京へ逃げた。上海で買った偽造の警察手帳が、この逃走に非常な便利
うちに神戸にいることも危険になったので、また東京へ戻ってきた。
「東京からどこかへ行ってしまってちょうだい。どこでもいいから、早く逃げて
穂高までどうしてゆくか。そんな切迫しているのに東京を抜けだす自信があるか」
どうもナメた野郎だよ。それで、いままでヌケヌケと東京に暮しているてえんだから……」
久我は、はじめ葵を愛していなかった。東京での孤独な生活の娯楽として彼女を求めたのだった。そして
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「私は四日前に台北から上京いたしまして只今は麹町〈南平ホテル〉に泊っております。もとは青島の貿易商会につとめて
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のなかから思いがけない手懸りが発見されたのである。浅草馬道の、松村という貸衣裳屋の保証金の受取証で、(金二十円
、このなかで悲しみを忘れることも出来ない。新宿は、浅草がするようにひとを抱いたりしない。用をすましたら、さっさと出て
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出たのが十一時ちかく。二三軒はしごをかけて、新橋〈たこ田〉でまたのみなおしているうちに、その朝受取った、れい
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いそいで知らせに行ったのだった。いま、二人で大久保の射的場のほうへ行った、と告げると、乾はいつものように
が……。それでね、久我と中村はね、いま大久保の射的場にいるんですぜ。……あたしがこの眼で見たん
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銀行襲撃事件の主犯中村遼一(三六)は今夜十時半、新宿三丁目を徘徊中を発見され、正当防衛によって射殺された〉
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笹塚の車庫の近くまでくると、葵は急に足をとめて、だれか
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、このごろは。……こないだも野銭場の砂利仲仕が、小名木川の富士紡の前で、どてっぱらを割られて倒れていたが、…
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あげると、身体をゆすぶりながら)昼からいままで、僕は永代橋と荒川の放水路の間を駈け廻っていたんだ。それから、〈