小石川 北海道 仙台藩 牛込 本郷 横浜 駿河台 神楽坂 鎌倉 金閣寺 豊橋 札幌 長野 小樽 岡山 京都 静岡 仙台 盛岡 東京 神田

許り後の事、恰度師走上旬であつたが、野村は小石川の何とか云ふ町の坂の下の家とかを、月十五円の

時々、「野村君は支那語を知つてる癖に何故北海道あたりへ来たんだ？」と云ふが、其度渠は「支那人は

乗込んで詩集まで出して居ながら、新聞記者などになつて北海道の隅ツこへ流れて来るには、何かしら其処に隠れた事情があるに

は盛岡よりも北の方に育つたから、南部藩と仙台藩の区別が言葉の調子にも明白で、少しも似通つた所がないけれど

して其下宿屋は潰れた。公然の営業は罷めて、牛込は神楽坂裏の、或る閑静な所に移つて素人下宿をやるといふ事に

た。却つて、駿河台では野村と同じ室に居て、牛込へは時々遊びに来た渠の従弟といふ青年に心を許して居た

牛込に移つてから二月許り後の事、恰度師走上旬であつたが、野村

事で、呂律の廻らぬ程酔つて居たが、本郷に居ると許りで、詳しく住所を云はなかつた。帰りは雨が降り出し

たらしい。取わけ竹山に想像を費さしたのは、横浜の桟橋に毎日行つて居た事があるといふ事と、其処の海員周旋

叫ぶ、「警察へ行け。」と喚く。と渠は、横浜で唯十銭持つて煙草買ひに行つた時、二度三度呼んで

、まだ東京に居た時分の事で、其頃渠は駿河台のトある竹藪の崖に臨んだ、可成な下宿屋の離室に居た。

渠が初めて選んだ宿は、かの竹藪の崖に臨んだ駿河台の下宿であつた。

某新聞の文界片信は、詩人竹山静雨が上京して駿河台に居を卜したが近々其第一詩集を編輯するさうだと報じた。

拘、怎したものか余り親しくはなかつた。却つて、駿河台では野村と同じ室に居て、牛込へは時々遊びに来た渠の

其下宿屋は潰れた。公然の営業は罷めて、牛込は神楽坂裏の、或る閑静な所に移つて素人下宿をやるといふ事になつて

てらつしやいよ、貴方。そしたら野村さんが、鎌倉へ行つたから二三日帰らないツて云へと云ふんでせう。私可笑しくなつ

事があるらしく、雨の糸の木隠に白い日に金閣寺を見たといふから、京都にも行つたのであらう。石井孤児院長に

か、好からぬ噂のみ多い中に、お定と云つて豊橋在から来た、些と美しい女中が時々渠の室に泊るという事と、

『ハア、札幌の道庁へ行きましたねす。』と急がしく手帳を見て、『一番

『札幌は解つてるが、……戸川課長は居るだらう？』

居た。釧路へは船で来たんださうで、札幌小樽の事は知らなかつたが、此処で一月半許りも、真砂町の

て、受付の広田に聞くと、同じ外勤の上島も長野も未だ帰つて来ないと云ふ。時計は一時十六分を示して居た

新築と共に竹山主任が来た。一週間許り以前に長野と云ふ男が助手といふ名で入社つた。竹山が来ると同時に

へ俺が入つたのぢやないか知ら。と、上島にも長野にも硯箱があるのに、俺ンのを使つたのは誰で

に、」と云つて、自分より二倍も身体の大きい長野を、手酷しく小言を云つては毎日々々使役ふ。校正係なら校正だけ

から今迄野村の分担だつた商況の材料取と警察廻りは長野に歩かせる事になつた。竹山は、「一日も早く新聞の仕事

先づ不快を催した。自分が唯十五円なのに、長野の服装の自分より立派なのは、若しや俺より高く雇つたのぢや

いふ竹山の話は嬉しかつたものの、逢つて見ると長野は三十の上を二つ三つ越した、牛の様な身体の、

監視人とかを務めたといふ、主筆と同国生れの長野が、編輯助手として入つた日からであつた。今迄上島と二人

も安心と云ふ気持を抱いた事の無い野村は、適切長野を入れたのは自分を退社させる準備だと推諒した。と云ふ

込絡かつた足音が聞えて、上島と長野が連立つて入つて来た。上島は平日にない元気で、

長野が牛の様な身体を殷懃に運んで机の前に出て、

日だつたか、野村君？』と竹山が云つた。長野が慣れるうち、取つて来た材料を話して野村が商況――と

『遂聞きませんでしたな。』と云つて、長野はきまり悪げに先づ野村を見た目を竹山に移した。

にアレかコレかと迷つた末、まだ何も知らぬ長野の奴を引張り込まうと決心した。

と、渠は其長野の馬鹿に気の利かぬ事を思ひ出して、一人で笑つた。それ

すると竹山は、以後毎日東京や札幌の新聞を読めと長野に云つて、

だぜ。」と云ふ。俺もハツとしたが、長野は「然うですか。」と云つたきり、俺には何とも云は

これで皆が思はず笑つたので、流石に長野も恥かしくなつたと見えて、顔を真赤にしたが、今度は自分

長野の真赤にした大きい顔が、霎時渠の眼を去らないで、悠然

の塵を白く染めて、机の上には東京やら札幌小樽やらの新聞が幾枚も幾枚も拡げたなりに散らかつて居て、

知れぬけれど、或実業家から金を出さして、去年の秋小樽に新聞を起した。急造の新聞だから種々な者が集まつたの

た。釧路へは船で来たんださうで、札幌小樽の事は知らなかつたが、此処で一月半許りも、真砂町の

解るし、翌日の議会の日程に上る法律案などは札幌小樽の新聞の電報に載つてるし、毎日新聞さへ読んでれば電報の訳

事があると云つて非常に敬服して居たから、岡山へも行つたらしい。取わけ竹山に想像を費さしたのは、横浜

木隠に白い日に金閣寺を見たといふから、京都にも行つたのであらう。石井孤児院長に逢つた事があると云つ

の土地の事が、何かの機会に話頭に上る。静岡にも居た事があるらしく、雨の糸の木隠に白い日に

は盛岡よりも北の方に育つたから、南部藩と仙台藩の区別が言葉の調子にも明白で、少しも似通つた所が

同じ岩手県でも南の方の一関近い生れで、竹山は盛岡よりも北の方に育つたから、南部藩と仙台藩の区別が言葉

日射が硝子の塵を白く染めて、机の上には東京やら札幌小樽やらの新聞が幾枚も幾枚も拡げたなりに散らかつて

年以前、野村が初めて竹山を知つたのは、まだ東京に居た時分の事で、其頃渠は駿河台のトある竹藪の崖

きれぬ若い憧憬に胸を唆かされて、十九の秋に東京へ出た。渠が初めて選んだ宿は、かの竹藪の崖に臨んだ

頃竹山は郷里に居ながら、毎月二種か三種の東京の雑誌に詩を出して居て、若々しい感情を拘束もなく華やかな語

家とかを、月十五円の家賃で借りて、「東京心理療院」と云ふ看板を出した。そして催眠術療法の効能を述立てた

とも六ヶ月位かかる見込だが、首尾克く脱稿したら是非東京へ行つて出版する。僕の運命の試金石はそれです、と熱心に語つ

身の廻りには種々の雑誌やら、夕方に着く五日前の東京新聞やら手紙やらが散らかつて居て、竹山は読みさしの厚い本に何

の顔を見たが、『彼家で去年の暮に東京から呼んだ職人が、肋膜に罹つて遂に此間死にましたがねす

で笑つた。それは昨日の事、奴が竹山から東京電報の翻訳を命ぜられて、唯五六通に半時間もかかつて居た

られた通り書いて居た。すると竹山は、以後毎日東京や札幌の新聞を読めと長野に云つて、

無いかは理髪店の亭主だつて知つてるぢやないか。東京新聞を読んで居れば、刻下の問題の何であるかが解るし、

、種々と竹山の事も考へて見た。竹山が折角東京へ乗込んで詩集まで出して居ながら、新聞記者などになつて北海道の隅

支那語を修めたと云ふ事であつた。其頃も神田のさる私塾で支那語の教師をして居て、よく、皺くちやになつ