閑天地 / 石川啄木
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太平洋は、今や万国商業の湊合する一港湾となり、横浜の埠頭と桑港の金門を繋ぐ一線は、実に世界の公路となれり。
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入つて喜びしや否や。弥生ヶ岡の一週、駿河台の三週、牛門の六閲月、我が一身の怱忙を極めたる如く、この
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交々吐き出したる炭酸瓦斯も猶幾分か残り居るべし。次は岩手山下の二十ヶ月なり。渋民の村の平和なる大気最も多く沁みたるべし。そこ
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蓋しこの壁際の恐るべき有様に対しつゝそを読まば、ロンドンの宮廷劇場にアービングが演ずる神技を見んよりも、一層其凄寥の趣を
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、その四畳半を去つて、一家と共にこゝの中津川の水の音涼しくも終夜枕にひびく新居に移りぬ。あゝ夢の如くも
評語、終れるは子の刻も過ぎつる頃と覚ゆ。中津川の水嵩減りたる此頃、木の間伝ひの水の声たえ/″\なれど
川風、思、画堂、青潮、水の音、初夏、中津川、ほたる、杜鵑……これはと思ふ心地よき題もなきに、我まづ聊か
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期の一転舵なり。吾人の尊敬する偉人ルーズベルトが、両国交戦国に与へたる平和談判開始の警告也。
吾人は初めより惟へらく、この日露両国を主人公とする大活劇は、旅順の陥落に第一幕を終り、波羅的艦隊の全滅に
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一路の旅、云ひがたき思を載せたるまゝに、小雨ふる仙台につきたるは五月廿日の黄昏時なりしが、たゞフラ/\と
、逢ふて詩談を交へんとするの情あり。我仙台に入るや、招かれて一夜大町の居にこの幸福なる詩人を訪ふ
の生れたりし時よりも増れる也。其下に去月仙台にて湖畔、花郷二兄と共に写し来れる一葉の小照を立てかけたり
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衰へざらむことを憂ふるものは英吉利にあらずや。かの巴里新流行とか云ふ淡緑の衣着けたる一美人を左手にかばひつゝ
ミンナと愛犬ルツスを率ゐ、飄然として祖国を去つて巴里に入るや、淋しき冷たき陋巷の客舎にありて具さに衣食の為め
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楽声の余韻なども沁みこみてありと知るべし。時々は盛岡の朝風暮色をも吸はせぬ。雨降れる行春の夜、誰やら黒髪長き
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。あくる日、函館より乗りたる独逸船ヘレーン号の二十時間、小樽の埠頭までの航路こそ思出づるさへ興多かり。この帽子と羊羹色になりたる
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て名残をとゞめぬ。陸奥丸甲板上の五時間半、青森より函館まで、秋濤おだやかなりし津軽海峡を渡りて、我も帽子も初めて
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ありと物静かなる郊外に住みつる事もありき。然もかの駒込の奥深き一植木屋の離亭借りたる時許り、やさしくも親しき待遇享け
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日前はしなく父の古本函より発見したる、南城上野雄図馬が『人物と文学』あり。今の人南城を知れる者なし。