甲州 番町 江戸 富士見町

「甲州でございます、鰍澤で」

「今朝、私の手内職のお仕立物を、番町の御得意樣に屆けた後、――戻つて見ると、父さんが――」

錺屋の娘のゆかりは急ぎの仕立物を持つて、朝早く番町へ行つてしまひ、父親の三郎兵衞は、恐ろしい働き者で、朝のうちから

の藩に書き役で仕へ、ゆかりの新嫁姿の初々しさは番町の名物になりました。

もせず、その上、田屋三郎兵衞の娘――江戸へ出てから娶つた女房の忘れ形見ださうで、ゆかりといふのが不思議に

と出て行つて、この由を申上げませう。同藩の江戸留守居の方には昔のことを覺えていらつしやる方もある

「百姓あがりといふと、お前の生國は江戸ぢやないのか」

「十五六の時、家を飛び出して江戸へ參りました。親が達者で居さへすれば、斯んなことはなかつ

早春の陽は、富士見町の森に落ちかけて、夕風は寒くなりました。坂の上では相