銭形平次捕物控 246 万両分限 / 野村胡堂
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百兵衛に往来で逢って、立話をして居ると、青山も江戸の内だ、大層変った話があるんだが、ちょいと覗いて見
禄も貰って居る武家じゃ無いが、新宿の内藤家、青山の村越家などというと、東照宮様御入国前からの家柄で、大公儀
しませんよ。――兎も角、一と月ほど前から青山のあたりへ来て、ブラブラして居たそうですが、二度ほど村越の
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「青山長者丸の万両分限、村越峰右衛門様。江戸生え抜きの豪士で、大地主で、山の手切っての物持で、若い時は、
に往来で逢って、立話をして居ると、青山も江戸の内だ、大層変った話があるんだが、ちょいと覗いて見ないか
の家柄で、大公儀からも格別の御会釈があり、江戸も下町などでは、思いも寄らないほど威張ったものです」
下町っ子の八五郎に取っては、まだ江戸の山の手に残る豪族の、一種の潜勢力が不思議でたまらなかったのです。
「時分時で財布は御存じの通り北山でしょう、江戸名題の豪族のお菜はどんなものかと――修業のために」
「あの娘もそう言いましたよ、せめて口説は江戸言葉にして下さい――とね」
よく無い男ですが、腕の方はまことに確かで、江戸の山の手の道場荒らしで、一時は相当の悪名も馳せた男です。
辰刻半(九時)そこそこ、桜はようやく満開で、江戸の春はまことに快適そのものでした。便所の格子窓からその花を眺め
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「百人町まで用事があって出かけると、土地の顔の古い手先で百兵衛に逢いまし
さんは腕はなまくらでも見識の高い武家だったぜ。百人町の古着屋へ行って、見切物なんかを買うものか」
「だいち、おいらはまだ十三さ。百人町の古着屋なんかには用事が無いよ」
て御用繁多なので、八五郎に旨を含めて、百人町の百兵衛と力を協せ、他所ながら長者丸一角を睨ませて置いた
が、可愛らしい娘でさァ。その小女が胆をつぶして、百人町の百兵衛のところへ飛んで来て教えてくれたんです。丁度百兵衛
一と眼見ただけで全く手に了えず、続いて百人町の百兵衛が、丁度昨日の騒ぎから泊って居る、八五郎と一緒に駆けつけ
「もう一度、他のお医者に診せて下さい。百人町には、石順先生という、外科の名医が居る筈だ」
「その代り、百人町の百兵衛のところに泊って居るよ、安心するがいい」
と訊き度いことがある、一緒につれて行って、百人町で一杯呑むことにするが、構わねえだろうな」
村越家に喰いついて居る、三十男の喜八郎を誘って、百人町へ引揚げて行ってしまいました。
「喜八郎と入れ換ったのだよ、喜八郎は百人町の百兵衛のところに泊って、俺は此処へ戻って来たまでのこと
「ところが肝甚の喜八郎は、百人町の百兵衛のところに泊って何んにも知らずに居る、――此
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十と言って三十四歳、槍の名人だ。もう一人は富山七之助と言って二十七歳、これは剣術の方が得手で、他に昔
村越峰右衛門の用心棒、槍の秋山彌十と、剣の富山七之助は次第に両雄並び立たざる心持に押上げられて行くのでした。
剣術の富山七之助は、グッと若くて二十七歳、これは骨張った青白い顔と、ギラギラ
ところで、剣の富山七之助には、自慢の名刀が一と振りあったのです。それは来国俊
富山七之助は、それを手入するのが何よりの楽しみで、暇さえあれば
された花の美しさは、さすがに、気の荒い富山七之助をうっとりさせます。
手入の一刀をそのまま、小刀だけを持って立去った富山七之助は、小半刻ほど経つと、元の座に還りました。
富山七之助は次に、三斛の冷水をブッ掛けられたような心持でした
富山七之助は、一刀を鷲掴みに突っ立ち上って居りました。其辺にマゴマゴする
が、幸い其処には、誰も人影は無く、富山七之助の激怒を爆発させる相手も無かったのです。
チョロチョロと通りかかった小娘のお春は富山七之助に呼留められて、うっかり立ち止りました。其処を通って、縁側伝い
お春は縁側に立ち縮みました。富山七之助の顔色や態度から、容易ならぬものを見て取ったのでしょう。
に、何彼と余計な策動をする秋山彌十が、富山七之助に対する反感が募って、見切札の悪戯をしないとは言い切れませ
富山七之助は唸りました。日頃仲のよく無い秋山彌十、自分の腕の
やがて娘になろうとする、香わしい柔らかい線の美しさも、富山七之助の眼に入る筈もありません。命から二番目の一刀――
剣の富山七之助は、廊下の突き当りを右へ曲って、いつもの用便所に入りまし
やがて外へ出て来た富山七之助、小刀を腰に差して、心静かに手を洗い了ると、フト
「富山さん、取ってあげましょうか」
「其処ですよ、富山さん」
富山七之助は胆をつぶしました。鞘の中程にベットリ付いて居るのは、
「富山氏、いや、とんだ災難であったな、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、
にそっと置いた来国俊の抜刀、そのまま引っ掴んで立上った富山七之助、物も言わさず、障子から顔を出して笑って居る秋山彌十
用心棒二人、秋山彌十と富山七之助の争いは、短い時間で片付きましたが、その代り恐ろしく深刻を極め
「見らるる通りだ。秋山彌十を討ち果した富山七之助、逃げも隠れもせぬが、此処に踏留っては、御主人が
やら手回りのものを一と纏め、四面を睥睨しながら、富山七之助は出て行くのです。
の方から眼を光らせて居りますが、殺気立った富山七之助の袂を控えて文句をつける気力もなく、みすみす、この殺人者を遁し
富山七之助は、凱旋将軍のように、傲然として引揚げるのです。
「ちょいと待って下さいな、富山さん」
のところに顔を出して、円い顎をしゃくり加減に、富山七之助を呼び留めて居るではありませんか。身体の引締って、いかに
「富山さんの刀を、投り出したのが、秋山さんで無かったら何うし
富山七之助は二、三歩立ち戻って、思わず刀の反りを打たせます。
「富山さん、刀は、縁側から行かなくたって、庭へ投り出せるぜ」
富山七之助は顔色を変えました。枝折戸のところまで戻って、小僧宗之助の袖
富山七之助は、ズカズカと庭に戻ると、植込の陰まで行きました。
富山七之助は四方を見回すのです。
飛付こうとする富山七之助は、少年の宗之助に留められました。
「富山さん、あわてちゃいけない。自分の釣竿で、そんな命がけの悪戯をするもの
ませんでした。この少年の逞しい知恵が、苦もなく富山七之助を圧倒して行くのです。
富山七之助の顔の苦渋さはありませんでした。この少年の逞しい知恵が
富山七之助は、疑惑と昏迷に、しどろもどろです。
「知ってるけれど言えないよ。富山さんは面喰ってるから、二人目を殺し兼ねないぜ」
五、六歩のところに、煮えこぼれそうになっていた富山七之助が、飛付いて小僧の襟髪をギュッと。
憤怒と焦躁に、煙の立つようになって居る富山七之助の顔を眺めながら、面白そうに庭石の上で足踏しているうち
富山七之助は、小僧を膝の下に敷いて、力一杯絞めつけました
「痛いッ、勘弁してくんなよ。富山さん」
「それによ、富山さんだって、罪の無い者を殺して済むめえ――化けて出るぜ
富山は負け惜しみの肩を聳やかしますが、見まいとしても縁側を染めた血潮
秋山彌十と富山七之助が、いきなり切り合いを始めて、若い富山七之助の方が、中年者の秋山彌十を斬り殺してしまったんです。
あの家で飼って居る二人の浪人者、秋山彌十と富山七之助が、いきなり切り合いを始めて、若い富山七之助の方が、中年者の
短いにしても程のあった物です。若い浪人者富山七之助の暴挙に、さすがの平次も胸を悪くする外はありません。
全くの思い違いだと、子供らしくもない調子でやり込めると、富山七之助全く後悔し切った様子でした。兎も角も罪も科も無い人間を
――刀の悪戯は殺された秋山の仕業じゃない、富山七之助がそれを斬ったのは、全くの思い違いだと、子供らしくもない
杯にして喰いそうな事を言ったガラクタ用心棒の富山七之助が、臆病な狐のように、尻尾を巻いて逃出すとは、こりゃ
「あっしも最初は、逃げ出した用心棒の富山七之助が、忍び込んで、釣竿の持主の、勇太郎を殺したのかと思い
「あわてるな、八。富山七之助も浪人だが武家には違いあるまい。泥棒のように忍び込んで下男
は思い当りません。秋山彌十が生きているとか、富山七之助が仕返しに来たのなら知らず、今の村越家には、そんな
殺したので、其場を去らせず、宗之助は、富山七之助のやり過ぎに喰ってかかったのだろう、女の子にしては恐ろしい胆力だ
共退散させる積りだったろう、少し薬がきき過ぎて、富山七之助が秋山彌十を殺したので、其場を去らせず、宗之助
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何処からも扶持も禄も貰って居る武家じゃ無いが、新宿の内藤家、青山の村越家などというと、東照宮様御入国前から
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そうで、無類の忠義者といわれた下男の勇太郎、目黒の在に生れて、草角力の関取だったという、此上もなく強健
死骸は、検視が済むのを待ち兼ねて、明るいうちに目黒から駆けつけた、親兄弟が引取って帰り、此処にはもう、淋しいものは
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兵衛に始末を頼み、平次と八五郎は、鬱陶しい心持で神田へ引揚げて居りました。
考えながら、お濠端の春の景色を眺めるともなく、神田明神下へ引揚げるのです。
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持って居るのは此家の一人しかいないぜ――目黒川に行って泥鮒を釣るのが好きでね」